異をとなえん |

習近平が消息不明だった理由は?

2012.09.29 Sat

16:47:21

中国の国家副主席習近平は9月1日から約2週間消息不明となっていた。

動静情報消えた中国国家副主席がメディアに登場、2週間ぶり

引用開始

香港(CNN) 中国の次期最高指導者と目される習近平(シーチンピン)国家副主席(59)の動静が過去約2週間、一切伝えられていない問題で、国営メディアは13日までに、同副主席が中国指導者の1人として広西チワン族自治区の地方政府高官の死去に弔意を伝えたと報じた。

(中略)

副主席は9月1日、共産党の中央党校で演説したとされて以来、公の場に現れていない。この演説に伴って中国のニュースサイトは副主席の画像を掲載したが、スーツ姿で体調などには問題がない様子がうかがわれた。
引用終了

病気説とか権力闘争説とか、いろいろ出ていたがはっきりした答えは出ていない。
私は一つの仮説を思いついたので、提示しておく。
当然のことながら根拠のない推測だ。

最近銀行員の回顧記事で、スケジュールを全てキャンセルしたという話を読んだ。
金融危機だか、不良債権処理だか忘れたが、危機が発生して緊急に対処しなければならない状況ができた。
その人は全てのスケジュールをキャンセルして、緊急事態に対応するための措置を取った。
最優先事項ができたので、その問題に全力を注ぐために他の全ての仕事を中止したわけだ。

私が推測するに、習近平の消息不明も同じような話ではないだろうか。
今回の緊急事態というのは当然尖閣諸島問題である。

wikipediaの「尖閣諸島国有化」によると日本の購入の経緯は次のようになっている。

引用開始

これらの東京都による尖閣諸島購入の流れに中国政府は外交部の声明などで強く反発した。このため日本政府(野田内閣)は中国政府の反発を和らげ「平穏かつ安定的な維持管理」をするためとして、島への港湾施設等の建設を計画している東京都の購入計画を阻止して国有化する方針を決め、9月3日に政府高官と埼玉県在住の地権者が協議し国有化に合意し、9月5日にはこれが明るみになった。9月10日には尖閣諸島の国有化に関する関係閣僚会合を開き、それまで賃借であった魚釣島、南小島、北小島の3島を地権者より購入し正式に国有化するという方針を最終決定した。藤村修官房長官は記者会見で第三者が購入することにより平穏かつ安定的な維持管理ができなくなるからであると国有化の必要性を強調した。

翌9月11日、日本政府は魚釣島、北小島、南小島の3島を20億5千万円で購入し、日本国への所有権移転登記を完了した。購入費は平成24年度予算の予備費から支出された。
引用終了

つまり日本政府は8月の終わりごろ国有化の最終方針を固めた。
たぶんほぼ同時に中国に連絡したと見るのが自然だろう。
中国政府は当初容認の姿勢を見せていたので日本政府は国有化を決断したわけだ。

当初容認というのは、国有化の状況が連絡されているのに、9月8日APECで日中外相が話しを交わしていることや、9月9日には野田総理大臣が胡錦濤国家主席と同じように話しをしていることに示されている。
もし国有化を中国が徹底的に拒否すべきものと考えているならば、面子を潰された形になる話は拒否したことだろう。
気にいらないことがあると会見を拒否するのは、中国共産党の常套手段だ。
それなのに話を交わしているのは、大きな問題にするつもりがなかったか、あるいは面子を潰された形にすることで中国の強硬手段を正当化するためだ。

中国共産党の指導部は、日本の尖閣諸島国有化の方針を受け、その対応を習近平に一任した。
習近平は直ちにスケジュールを全てキャンセルして、尖閣諸島国有化に対応するための準備に入ったわけだ。

一任されたと見る理由は何か。
もし尖閣諸島問題を政治局常務委員による会議で対応決定するならば、習近平のみがスケジュールをキャンセルすることは認められないはずだ。
アメリカのクリントン国務長官との会見もあり、党員の義務に縛られる以上好き勝手にスケジュールは変更できない。
それができるのは指導部内でスケジュールのキャンセルが必要なものと認められたからだ。
他の常務委員にはスケジュールのキャンセルなどという話は出ていないから、尖閣諸島問題は習近平が主として対応する問題となる。

また胡錦濤は野田総理と話を交わして、わざわざ面子を潰されている。
スケジュールが確定している事項を本気でない批判で変更するなど、日本の政治システムはしない。
中国政府もそのぐらいはわかっているだろう。
尖閣諸島問題に胡錦濤が深く関わっているならば、話を交わすことなどしなかったはずだ。
日本を説得できなかった点で非難の対象になる危険性がある。
それなのに実行したのは、対日政策を習近平に一任したので、責任はそちらが取ることで合意しているからではないか。

このように書いてくると、習近平は既に最高指導者として行動しているようにも見える。
実際「対日強硬策、習近平氏が主導 韓国大統領の竹島上陸など機に一変」によると下記のように、習近平の下で対日強硬路線に転換したそうだ。
習近平が消息不明になってから党中央弁公庁主任が変わっているのは、それを裏付けている。

引用開始

日本政府による沖縄県・尖閣諸島の国有化を受け、中国で一連の強硬な対抗策を主導しているのは、胡錦濤国家主席ではなく、中国共産党の次期総書記に内定している習近平国家副主席であることが分かった。胡政権による対日協調路線が中国の国益を損なったとして、実質上否定された形。中国政府の今後の対日政策は、習氏主導の下で、強硬路線に全面転換しそうだ。

(中略)

 9月初めには、胡主席を支えてきた腹心の令計画氏が、政権の大番頭役である党中央弁公庁主任のポストを外され、習氏の青年期の親友、栗戦書氏が就任。政策の策定・調整の主導権が習氏グループ側に移った。
引用終了

ある意味先行して指導者が交代したと解釈できる。

ただ必ずしもそうではない。
ある特定の政策に深くコミットすることは失敗した場合責任を取らされる。
次期最高指導者として内定しているならば、ある意味危険な行為だ。
逆にだからこそ反対派は承認しているのだろう。

そもそもの発端は日本の尖閣諸島国有化だろうが、中国外務省はそれをスルーして黙認しようとした。
それに対して反対派が怒り、日本に譲歩を迫るよう主張した。
けれども日本は譲歩しようがないと外務省側が言い張るので、自分たちに外交交渉をやらせろと対日政策を牛耳ったのが習近平だろう。
問題なのは、この交渉の勝利条件が何かということだ。
現状は中国にとって勝利なのだろうか。
日本から目立った譲歩がない中、経済的に圧迫を加えただけしかない。
軍部は喜ぶかも知れないが、共産党全体ではどうなのか。
中国は経済的に成長路線からずれ始めた。
中所得国の罠という不安材料もある。

景気低迷は国民に不満を持たせ、政策論争を生み、必然的に権力闘争が激しくなる。
権力交替のルールがない社会ではより激しい。
11月8日に中国共産党中央大会が開催されるが、事前予測通りになるかは微妙かもしれない。
本格的動乱の幕開けも予想できる。
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指導者の恣意的な権力の行使について - 平和型国家論(その9)

2012.09.27 Thu

21:11:19

平和型国家論の構成をどうするか悩んでしまうのだが、今回は戦争時において指導者の権力の行使が恣意的なものになってしまうことを書く。

『悲劇の発動機「誉」』を読んで、一番印象に残ったのはエンジンの主任設計者が徴兵で引っ張られてしまうところだった。
「誉」は太平洋戦争後半の海軍の戦闘機のほとんどに搭載されるエンジンで、戦争の帰趨を決定すると言ってもいいエンジンだ。
その主任設計者をエンジンは一応完成したとはいえ、まだ不具合がたくさん残っている状況で徴兵してしまう。
誰が考えたって、徴兵するよりエンジンの開発を続けさせた方が日本の軍事力拡大のためにいいに決まっている。
他にも、工場の熟練工員を次々と徴兵してしまい、戦争のために必要な生産能力を致命的に損なってしまう。
軍需産業の熟練工員は兵卒として働かせるより、生産を続けさせた方がいいということがわからない。
この本を読んだとき、日本人の戦争に対する無能ぶりに絶望的になってしまった。

しかし、深く考えるとそれほど単純な話でないことがわかる。
無益な徴兵を防ぐためにはどうしたらいいのだろうか。
すぐ思いつくのは戦争遂行のために必要な部門に関しては、その部門に徴兵を拒否する権限を与えることだろう。
陸軍や海軍の徴兵を担当する部門から赤紙が来たら、その権限を使って拒否する返事を出すわけだ。
この場合何の制限もなく拒否できると、無制限に使用する危険性がある。
だから軍需産業などには、生産する兵器の重要性に比例して、ある程度の数の徴兵拒否の権限を与えるべきだろう。

さてここで問題になるのは、その徴兵拒否の権利を誰に使うかだ。
次期主力エンジンの主任設計者に権利を使うのは当然だろうけれど、ずっと下っ端の人間の場合にどう判断するかは難しい。
さらに工場の活動に極めて重大な影響を及ぼす人間に弟がいたとして、その弟も工場で働いていたとしよう。
弟の方は入ったばかりの素人同然で生産に関係がなく、普通だったら徴兵を拒否する権利は使わない。
けれども極めて重要な人物が、「弟が徴兵されたら自分は心配で能力が発揮できない」と言っても、そのまま徴兵させてもいいのだろうか。
答えは具体的な事例によって違うとしか、いいようがないだろう。
つまり、徴兵拒否の権利を割り振る力を与えられた人間が、生産能力最大になるには誰に使ったらいいかを考えて、決断するしかない。
問題なのは、その判断は恣意的にしかならないところだ。
当人がどんなに自分は公平に判断したと主張しても、選ばれなかった人間から見ればえこひいきで気に入った人間だけ選択したと映る。
その判断の適否を判定できるのは、直接の上司だけであり、目標の生産に対してどのような結果を出しているかで、支持するかしないかを決めるしかない。
あるいは部下を選ぶときに、それだけの能力を持った人間を見つけるわけだ。
この権限の連鎖は上へ上へとつながっていき、頂上には国家の指導者が存在することになる。

国家の指導者は戦争遂行のために強大な権限が与えられる。
今回の話の場合、徴兵するか否かであり戦争の状況によっては個人の生死を左右する権限となるだろう。
その権限は部下に与えられ、それと同時に目標の遂行に全力を尽くすことが要求される。
部下たちは国家のエリート、支配者階級だ。
最高指導者は能力を持つものを見つけ出して、階層を作り、戦争を遂行する。

日本が徴兵を拒否するかどうかの権限を軍需企業に割り振れなかったのは、兵役の義務を恣意的に割り振ることを拒否したからだ。
能力のレベルに応じて命の価値が違うことを拒否したからだ。
日本は平和が長く続いた国家であり、命の価値を戦争遂行能力の違いによって区別することを認めなかった。
基本的には全ての人間が平等なのだから、徴兵の義務も確率的に割り振られるべきだという概念が強烈過ぎた。
それを変更しようとするほどの権力の集中はついに達成できなかったといえる。
東条英機は政権方針に反対する記者に報復するために、その記者を徴兵してしまった。
さすがに一個人を指定しての徴兵はできなかったが、該当する年齢などの部分を一括して徴兵することにより目標を達成した。
このせいで東条英機の評判はずいぶん悪くなっている印象がある。
戦争指導者に権限が集中するということは、このような恣意的な徴兵も可能にすることだ。
戦争のためなら指導者のわがままも我慢しなくてはならない。
しかし、ついに日本人はそのような恣意性を認めることができなかった。
指導者には戦争能力よりも公明正大であることを求めたわけだ。

今回の話をまとめると、戦争型国家では戦争遂行のために指導者の恣意的な権力の行使を認めるが、平和型国家では恣意的な権力の行使を認めず、できるだけ公明正大に権力を使うことを要求するということだ。
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安倍自民党新総裁の選出に困った

2012.09.26 Wed

21:36:47

困った。
自民党の新総裁に安倍氏が選出された。
次期総選挙では自民党に投票するつもりだったのだが、安倍氏が再度首相になるというのでは話が違う気がする。
安倍氏が総理だったときに、造反議員を自民党に復党させたのは未だに許せない。

その時の感想で発表しなかった文章が次だ。

引用開始

安倍首相が郵政造反議員の復党を認める決定を下す。
支持できない。
郵政民営化に反対したからと言って、今現在賛成に回っていれば戻す事もいい。
それ自体が反対ではない。
問題はなぜ今かと言うことであり、この決断の安易さである。
大義名分がないというのは、新聞でも批判している。
特にそれを緩和するような策を取ってもいない。
しかし、復党反対のアンケート調査は出ている。
つまり、安倍総理の復党を認めるという判断は、支持率低下を我慢してまでも貫き通すべき何かが無いにもかかわらず、実行されているのである。
これに私は安倍総理の安易というかおごりを感じる。
たとえば、衆議院の落選者で参議院に鞍替えしたい候補者の復党を認めるならばわかる。
しかし、衆議院の当選者の復党を認める意味はない。
無所属だと資金繰りが苦しいからなどと言う理由は、国民には全く関係がない。
結局、安倍総理の自分にシンパシーを感じていた人を救いたいという、自分の私情を優先しているとしか思えない。
私情を優先していては総理はできない。
引用終了

総理大臣というのは選挙に勝ち、自分にとってもっとも重要な政策を実現していくのが目標でなくてはならない。
選挙の勝利のためでもなく、重要な政策の実現のためでもないことにコストをかけるのは、甘すぎる。

けれども、人間は成長する。
安倍氏も過去の失敗を反省して、政治家として成長しているのかもしれない。
でも私にはどうも不満が目につく。

たとえば河野談話の見直し論だ。
安倍氏は今回の総裁選での討論で、次のような話をした。

引用開始

「河野談話の核心をなすところは強制連行。朝鮮半島において家に乗り込んで強制的に女性を人さらいのように連れて行く、そんなことは事実上証明する資料はなかった。子孫の代に不名誉を背負わせるわけにはいかない。新たな談話を出すべきではないか」
引用終了

私も従軍慰安婦は強制でなかったという考え方なので、見直しできればその方がいい。
しかし前回総理のときも、河野談話を見直そうとして失敗し、かえって踏襲することを余儀なくされた。
泥沼化することが必死な問題にわざわざ挑戦することが総理として正しいのか、他にもっと重要なことがある気がする。
なんというか大事と小事の区別がついていない。

安倍氏が総理となった場合目指すべき政策に尖閣諸島の実効支配の確立というのがある。
安倍氏は尖閣諸島に人員を配置するつもりだと明言している。
私もこの政策自身は賛成だ。
けれども実行すれば中国からの反撃は物凄いものがあるだろう。
その場合韓国と無意味に対立するのは望ましくない。
二方面で同時に戦うより個別撃破を目指すべきだからだ。
だから少なくとも最初は河野談話は放置しておいた方がいい。
こういうのは私には普通の戦略に見えるのだが、どうもその判断ができないように見える。
私の政治理解のミスかも知れないが、前回の総理のときの判断を考えると能力不足の気がしてならない。

総選挙のときどこの党に投票すべきか、困ったものだ。
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指導者の能力について - 平和型国家論(その8)

2012.09.25 Tue

21:26:42

指導者の能力とか特徴について書く。
安全保障の危機にある状況では、指導者に有能な人物が求められる。
指導者には戦争に勝てる能力が必要だからだ。
それに対して、安全保障において危機が迫っていない場合、指導者には能力よりも公正さが重要になる。

戦争というものは人間の全能力を活用して勝利を求めるべきゲームである。
そして個人の能力によって歴史が動く可能性が一番高くなる時だ。
ポエニ戦役においてはハンニバルとスキピオのザマの戦いの結果によって、戦争の勝敗が決まり、カルタゴという国の運命を決した。
もっともローマはこれまでハンニバルにずいぶん負けているので、この戦いで負けたからといって戦争に負けたかはわからない。
しかしザマの戦いでハンニバルが勝利していれば、その後の状況がずいぶん変わっていた可能性はあるように思われる。

つまり、一つの決戦によって戦争の勝敗が決まり、その決戦の勝敗が指揮官の能力で決まるならば、指揮官をどう選ぶかは国家の運命にとって決定的に重要な選択となる。
戦争型国家においては指導者の選択が最重要視されると言っていい。

指導者の能力は簡単には述べにくいけれども、基本的には頭の良さだ。
戦争というゲームはルールはないも同然だが、目標は大体はっきりしている。
だから戦争に勝てるかどうかという物差しで人間の価値を図ることができる。
具体的には頭脳の処理速度とか、入出力インターフェイスの機能だ。

歴史を見ると常勝将軍みたいな人間がいる。
ナポレオンのような人物だ。
彼らが戦争や戦闘に勝てたのは、偶然ではなくて、頭の良さによってベストの戦い方を見つけ出したからだ。
その能力というのは単純な筆記テストで判別できるようなものではないが、たぶん能力のある人には能力のある人がわかるのだろう。
能力のある人が能力のある人を選抜することによって、指導者の基礎能力を持つ人を見つけ出せる。
最終的な選択は民主主義国では選挙によるなど、また他の要素があるが、能力を持つ人を見つけ出そうというのは変わっていない。

それに対して平和型国家では違う。
下記は勝海舟の有名な挿話である。

引用開始

おれが始めてアメリカに行って帰朝した時に御老中から「そちは一種の眼光を具えた人物であるから、定めて異国へ渡りてから、何か目をつけたことがあろう。つまびらかに言上せよ」とのことであった。そこでおれは「人間のすることは、古今東西同じもので、アメリカとて別にかわったことはありません」と返答した。ところが「さようではあるまい。何かかわったことがあるだろう」といって再三再四問われるから、おれも「さよう、少し目につきましたのは、アメリカでは、政府でも民間でも、およそ人の上に立つものは、みなその地位相応に怜悧でございます。この点ばかりは全くわが国と反対のように思いまする」と言ったら、御老中が目を丸くして、「この無礼もの控えおろう」と叱りつけたっけ、ハハハハ
引用終了
「日本人とユダヤ人」山本七平著から「氷川清話」を引用している部分を引用。

平和型国家では頭の良さはそれほど重視されない。
戦争がなければ、頭の良さといった一つの物差しによって、人間の価値を図らないからだ。
むしろ公正さが求められるといっていい。

戦争の危険性がなくとも国家は共同体内の利害を調整する仕事がある。
利害を調整する場合まず必要なことはえこひいきせず、平等に共同体内の成員を扱うことだ。
どちらかの肩を持てば、不利な方は反発する。
平和型国家では権力が分散されているので、不利な方は協力しなくなってしまう。
そうすると対立がそのまま続き、どちらにとっても利益にならない。
必要なことは公正に双方にとって得になるように、裁定を下すことだといっていい。
落としどころはそんなに難しくはない。
双方の要求を足して二で割ったところにたいていはなる。

今回の話のまとめは、戦争型国家では指導者が有能であることを求められるが、平和型国家では指導者は有能でなくてもいいということだ。
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軍はなぜ暴走するのか? - 平和型国家論(その7)

2012.09.24 Mon

21:03:42

指導者の能力について書くつもりと前回述べたが、また変えてしまった。
戦争型国家では権力が集中することは述べたが、平和型国家ではなぜ権力が分散するかについてはあまり述べていなかった。
その部分について先に書いておく。

戦争型、平和型という区別より、まず戦争の危機が目前に迫り、自国の安全保障が危険にさらされれば、どうしても権力は1個人に集中し、国家は統一された活動を取ることを迫られる。
しかし、安全保障上の危険性が弱ければ、国家の各部分は各部分なりの利害を持ち、各部分勝手に行動していこうとする。
上からの都合で自分たちの利益が制約されることを嫌うわけだ。
前回述べた中国の意思決定システムの不統一は、そういう性質が多分に出ている。
この性質は大日本帝国の意思決定システムに似ている。

一番似ているのは、軍の暴走だ。
軍隊は戦争が仕事だ。
だから組織の維持拡大を最大の目的とするならば、戦争の危険性を訴え、そのために必要な軍事力の整備を強く要求する。
帝国海軍はアメリカとの戦いに備えてアメリカ海軍の7割の規模を持った艦船の建造を要求し、帝国陸軍はソ連との戦争に備え機甲部隊の整備や航空兵力を要求する。
現在の中国であるならば、中国人民解放軍は日本との戦争に備え尖閣諸島での戦闘で勝てるだけの艦隊の整備を要求するわけだ。

それらの要求を貫徹するためには、平和な状態があっては望ましくない。
仮想敵国との関係が悪く、一触即発な状況が生まれるように、外交関係での強硬姿勢を取るよう望む。
もちろん多くの場合戦争は、自国の国益にとって害が大きい。
だから、国家の指導部の意思が統一されているならば、少なくとも外交上は柔軟に行動しようとするのだが、権力が分散されていると強硬派と宥和派の対立が表面化してしまう。
戦前の日本では日中戦争の時、軍は戦線の拡大を望み、外務省は世界から孤立化することを恐れて戦争を止めたがった。
けれども実際に戦いが始まってしまうと、将兵の犠牲を減らすためと言えば国家はどうしても軍を支援しがちだ。
権力が分散し、戦時体制でない国家ほど好戦的になるという変な逆転状態が生まれる。

現在の中国でも、軍を中心とした勢力は尖閣諸島に対して強硬姿勢を取りたがっている。
日本に勝つための軍事力ということで予算が落ちるからだ。
日本の尖閣諸島国有化は石原都知事による購入を阻止するために仕方がないものだ。
阻止しなければ、都が購入して尖閣諸島に上陸し、なんらかの設備を作るだろうからだ。
それぐらいならば国が購入した方が、中国との紛争を回避できる。
都への売却を阻止するのは、私有財産の自由な売買が保証されている日本では非常に難しい。
この理屈は中国の外務省では理解できていると思う。
けれども、中国の軍部は理解できない。
いや理解しても、理解できないふりをして、強硬姿勢を取ったほうが自分たちの利益だと考えている。
だから、日本の総理大臣が国有化は日中和平のためだと主張をすれば、中国国民は理解してデモをやめるなどという考えは信じられない。
尖閣諸島の国有化をある意味を認めざるを得ないならば、デモを防ぐために政府は積極的に広報しただろう。
尖閣諸島の国有化を認めない勢力が指導部の中にいて、それが宥和派を押さえ込んでいるから、デモが起きるのだ。

そして、軍は要求した軍事力を整備すれば、それを国民に対して保証しなければならなくなる。
尖閣諸島を日本から守ることを理由として軍事力を整備したならば、日本が尖閣諸島で中国から勝手に行動すれば、中国軍は軍事力を用いてもそれを止めざるを得ない。
旧日本も海軍はアメリカに対抗するために艦隊を整備した。
アメリカが日本の拡大を阻止しようと、石油禁輸等で圧力をかけてきたとき、海軍はそれを阻止するために軍事力を整備してきたので反対が非常に困難になる。
結果太平洋戦争だ。

なんかどこの国でも、権力が分散されている主張になったかも知れないが、中国はもう戦争をずいぶんしていないことを考慮に入れるべきだ。
中国はたぶん米中国交正常化後は安全保障上の脅威がほとんどなくなった。
戦闘行動も1979年の中越戦争を最後にして行っていない。
それが権力の分散を促しているのだろう。
他の国の例としては、イスラエルも中東諸国との戦争が日常だった状態からすると、権力自体の分散は起こっていなくとも、国論は分裂気味になっている。

もっともこの理屈ならば、戦前の日本も満州事変以降はずっと戦争続きだったのだから、権力の集中が行われてもおかしくはなかった。
そうならなかったのは、日本が根本的に平和型国家であって権力の集中をとてつもなく嫌ったからだろう。
主張があいまいになってしまったが、私の言いたいことは安全保障上の危機が続いた国家ほど権力が集中され、安全保障上の危機が解除され平和な状態が続くほど権力が分散されがちになることだ。
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続:中国の指導部は無能

2012.09.22 Sat

21:39:43

尖閣諸島紛争での一連の中国政府の行動は統一されていないので「中国の指導部は無能」とけなした。
しかし、外交的なことも含めて考えると中国政府は日本に勝利しているのだろうか。

韓国の尖閣:中国の専門家「日本の一方的実効支配は終了」の記事では、中国が尖閣諸島を日本の実効支配を終了させたことで実質的に勝利したような感じになっている。
その記事によると、"中国では「日本による一方的な実効支配を破り、共同管理管理レベルにまで持ち込む成果を挙げた」という評価が出ている"らしい。

中国が今回の紛争で手に入れたものは何だろうか。
尖閣諸島が領土紛争地したのは確かだろうけれど、それは前回の漁民の逮捕事件でも知れ渡っていることで、それほどの得点とは思えない。
尖閣諸島の領海に勝手に入ることができるようになったのは、実質的な得点かもしれない。
日本が制止しても進入できることを証明したわけだ。
けれども、制止できないのは国際法によるものだから、別に今までも実行しようと思えばできたわけだ。
具体的なプラスなのか。
国際世論で中国の立場が強まったというのはどうだろう。
あの中国国内のデモを世界が評価しているとは到底思えない。
少なくとも中国が遅れているという印象だろう。
尖閣諸島自体の領土主権については、結論を出さないだろう。
領土問題については世界のどの国も直接介入することを避けている。
当たり前だけど、歴史的な経緯がからんで複雑な問題に対しては、どちらの国から嫌われることを避けて、よほどのことがなければ口をはさみたくない。
だから一応中立と思われる国際司法裁での審判を進めるわけだ。

中国の戦略目標は尖閣諸島の領土主権の確立だろう。
トウ庄平は尖閣諸島の領土問題を棚上げし、日本に実績を作らせないようにした。
後で中国が力をたくわえれば実力で奪還することができると考えていたのではないだろうか。
この状況を目指していたものとすれば、不用意に日本を刺激して対抗策を取られるのは根本的に作戦ミスのはずだ。
もっとも、日本に圧力をじわじわとかけることで、日本に尖閣放棄を目指しているのかもしれない。
フィリピンやベトナムとの領土紛争がそうであるようにだ。
力の差があることで、どちらの国も実効支配を取られている。
船を送って守ることができない。

けれども日本はかなり経済力がある。
少なくとも相当の程度圧力に対して、抵抗するだろう。
中国が監視船を送り込めば、それに対応して巡視船を送り込む。
一触即発の危機をはらみつつ、長期間持続するのではないか。
これが中国にとって得なのか、損なのか。

問題なのは、なんらかの対立があった場合、どうしても経済的にはねかえりがあることだ。
経済的な紛争は基本的にどちらの国にとっても損だ。
中国が仕掛けている以上、紛争を起こすならば自分たちにとって有利な時を選ぶ権利がある。
だから決戦をしないならばある程度で引くのだろう。

どうも私には今回の紛争で中国が具体的に得をした部分が見えない。
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中国の指導部は無能

2012.09.21 Fri

21:33:34

佐藤守さんの記事で、中国が軍事的に侵攻するつもりだという話が面白かった。
中国は軍事侵攻をしないと予想していたけど、実は本気で攻めてくるつもりなのかもしれない。
反日デモも陽動と見るとそうとも取れる。
中国指導部は無能というか、9人もいては意思決定も満足にできないからダメだと思っていたけど、かなり練りこまれた対応の可能性もあるのか?

でもやはり疑問だな。
はっきり言って、もし中国が尖閣諸島を本気で取る気だったら、負けるわけにはいかない。
敗戦は即共産党政権崩壊につながりかねない。
そうすると、日本との海上戦力や航空戦力の差を考えると、不意を突いた方がいいはずだ。
日本の方が優位だろうから、奇襲攻撃で尖閣諸島を占領すべきという話だ。
奪還にはどうするかという問題はあるが、これはもう核の脅しで日本の攻撃を抑える可能性に賭ける。
尖閣諸島を中国が占領している状態で、攻撃されたら核によって報復すると声明を出されたら、日本は反撃が難しくなる。
先のことは見えないが、既成事実を作るしか中国の勝利の可能性が見えない。

そうすると日本が警戒する状態はまずい。
漁船や政府の監視船を尖閣諸島近辺に出没させれば、日本も海上保安庁の船や海上自衛隊の飛行機を出動させる。
奇襲攻撃のためには不利な条件だ。
日本が何も考えずに油断をしている方がずっと有利なはずだ。
もしかしたらというか、用心のために兵力を集めることをさせない方がいい。
やっぱり、中国の指導部は無能なのだと思う。
そういうことを考えると、指導部を7人に減らす提案は危機対応のための本質的な改革案なのかもしれない。
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