異をとなえん |

航空自衛隊の次期戦闘機決定について

2012.01.31 Tue

20:35:37

去年の12月21日に書いたメモだが、オリジナリティがないとか、もう少し意見をつけ加えたいと思って発表しなかった。
読み直してみたら、なにもつけ加えることを思いつかなかったので発表しておく。

航空自衛隊の次期戦闘機がF-35Aに決まった。
妥当な所だろう。
他の2機種、タイフーンとF-18には問題がありすぎた。
タイフーンは、F-35Aより価格が高いらしく、それでは論外だろう。
性能がF-35Aより低いのに、価格が高くては購入するメリットがなくなってしまう。
F-18はありだろうけれど、性能がF-2とたいして変わらなく見える。
F-18を購入するくらいなら、F-2を買いたい。
F-2は100億円以上したから、F-18より1機当たりの値段は高いけれど、新機種転換の費用がないとか考えれば、トータルでは安くなるはずだ。

そうすると、F-35は性能が一番高くて、価格もまあまあ、生産の分担が4割ならば、納得できる。
F-35はアメリカと他の欧州諸国との共同開発だから、日本が後から参加しても、機体をすぐには受け取れない、といわれていた。
生産できる部分がないとも。
そういう噂だったから、生産分担が4割というのは驚きだった。
共同開発である以上、アメリカ以外の国の反対によって、ずっと少ないと予想していた。
有事の場合に修理等が簡単にできなければ、防衛上の問題にもなるし、通常の修理でも一々アメリカに依頼するのではコストがずっと高くなってしまう。
ある程度国内で生産基盤を作っておくことは、そういう意味でも重要だ。
日本の技術力の向上という点では、もう大きくは期待しないけれど、技術を継承していく意味で大事だろう。

納期のアメリカ確約は信頼できないが、開発も終了段階にきている。
最悪でも一、二年の遅れでなんとかなるだろう。

あと、アメリカ以外の共同開発国からも歓迎されているのは興味深い。
日本が後から列に割り込んだ感じに見えるが、それでも歓迎されるのは生産を増やしてくれるのが重要ということだろうか。

私個人の一押しはずっとF-2の追加生産だった。
東日本大震災の影響で18機も失っていることもあるし、生産停止を中止して、再生産して欲しいとずっと思っていた。
今でも、F-35よりF-2の方がいいのではないかという気もある。
けれど、実際に戦う軍人は最新機種を好みそうだ。
最高の性能を要求するのは軍人の本能だろう。

F-35の生産分担が0とかだったら、まだ反対しているけれど、ある程度の生産分担が確保できた以上、納得できる結果になった。
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ユーロ崩壊の心配をする前にデフォルトの心配をしろ

2012.01.30 Mon

20:00:55

ユーロ崩壊の話について書きたい。
前にも書いている気もするが、なんか同じことでも繰り返して言いたくてしかたがない。
そこで重複を気にせず書く。
でも、実際に書いて見直してみたら、なんかほとんど同じことしか書いてない。
ちょっとがっかりだけど、文章自体は少しこなれたのではないかと思う。

Finantial Timesが、アメリカの銀行はデフォルトを想定した訓練をしたように、その教訓に習って、欧州も準備をしておけ、という記事を書いている。
「わけわかんないよ」というか、いったいどうせよと言いたいのだろうか。
具体的には、ギリシャのユーロ離脱を想定しておけ、と言うのだろうが、こんなもんどう対応できるかと思うのだ。
もちろん、ショックが発生したとき現金を引き出される準備はしておかなくてはならない。
そして、各国の銀行もそれだけはしていると思う。
中央銀行と話をつけてあれば、通貨は供給されるだろう。
それ以外になにができるのか。

Finantial TimesやEconomistでは、ユーロ崩壊の可能性を取り沙汰している。
しかし、根本的にユーロ崩壊のイメージがわかない。
ギリシャがデフォルトしたらユーロ離脱しなくてはいけない法律でもあるのだろうか。
私の理解している限りでは、ユーロからの離脱は想定していないので、そもそも離脱する方法がわからないと聞いている。
だからユーロ離脱しないと考えた方が自然ではないか。

ギリシャがユーロ離脱を決めたとしよう。
何が起こるか。
よくわからんけど、ユーロの国内使用を止めて、強制的にドラクマを使わせるとする。
瞬間的に思うのは、銀行の預金封鎖とユーロの使用禁止令だ。

まず、こんなことがギリシャの法律で簡単にできるのか。
銀行の預金封鎖というのは、たぶん銀行に命令すればなんとかなるように感じる。
しかし、ユーロの使用を禁止などできるのだろうか。
どうみても法律が必要だと思うのだが、ギリシャ議会が簡単に納得するのか。
実務的にも問題点は山積だ。
当たり前だけど現時点では、ドラクマの通貨などないのだ。
この事前準備が世界にもれずにできるのか。
紙幣自体は事前に秘密裏に準備できたとしておこう。
でも、この紙幣をどうやって国民に渡すのだ。

銀行から預金を降ろすときに、自動的にドラクマに変換する。
これは一理ありそうだが、本当に可能なのか。
とりあえず1ユーロは1ドラクマと設定して、預金を降ろそうとするとき自動にドラクマを返すという手法はある。
預金者は預金を降ろすとユーロ紙幣ではなく、ドラクマ紙幣をもらうわけだ。

でも、この紙幣は使えるのか。
私が小売店の店主だったら絶対に拒否する。
政府がなんと言おうと、ユーロ通貨以外認めない。
何の裏打ちもないドラクマなど、いったい誰が認めるというのだ。

ギリシャは産業がほとんどないと聞く。
つまり生活必需品も輸入しているのだろう。
輸入業者は当然ユーロで支払っているはずだ。
ドラクマなど渡されても、それで輸入できるはずがない。
商品自体を借金して購入し、売った代金で借金を返す形で営業しているならば、ドラクマで売るわけがない。
そのくらいだったら、ギリシャから他の所へ持っていって売ったほうがまだましだ。

信用のおけない通貨を信用のおける通貨に変換するわけではない。
信用のおける通貨を信用のおけない通貨に変換することを、簡単に納得できるわけがない。
ジンバブエではハイパーインフレが発生して、誰も使いたくない通貨だったから、ドルが流通したら喜んでそれを認めただろう。
そうじゃないのだ。

かって通貨の信用できない国で闇ドルが自然に流通したように、違法であっても闇ユーロが流通するに決まってる。
しかも、いきなり違法になったとしても、ユーロ自体はギリシャ国内に山ほどある。
だから普通にユーロが流通するしかない。

それでも銀行がむりやりユーロをドラクマに変換したらどうするか。
銀行員を締め上げてでも、ユーロに変換しろと文句を言うしかない。
いまさら言ってもせんないことだろうけど。

ただ、現在の状況ではたいていの市民はそのことを理解していると思う。
ギリシャの銀行に預金などしていないだろう。
でもしているのか。
ちょっと心配だな。
商売のために最低限の預金が必要な人はいるだろうけど、とにかくこまめに降ろしているとは思う。
ギリシャの銀行はギリシャのユーロ離脱が本当に起こるならば、全て潰れる可能性がある。
だから、少くともギリシャ以外のユーロの銀行に預金しているのではないだろうか。
そうすれば、ギリシャ政府が強制的にドラクマで支払うよう命令したとしても、ギリシャ以外の地ではユーロで降ろせる可能性がある。
それに期待するしかないかもしれない。
ギリシャ国民もアホではないだろうから、銀行への預金は少なくなっていることだろう。

しかし、預金システムが正常に動かなくなれば経済活動は麻痺してしまう。
大きなお金の動きは銀行を通じて振り込んだりすることが普通だ。
それができない。
つまり、物は全然売れないし、買えない。
結局、経済が崩壊する、それしかありえない。

前に行なわれたユーロの変換は違ったはずだ。
事前にユーロの変換レートは決定され、各国通貨とユーロの交換は保障されていた。
いや、ユーロから各国通貨に戻すことはできないのかな。
ただユーロの信頼性は保障されていたと言えるし、各国通貨は使えなくなるのがはっきりしていた。
だから自然に交換されていった。
もっとも、その前に交換準備を何年にもかけて実行していたはずだ。
各国通貨とユーロとの交換レートを事前に決めて、何年にもわたって固定していた。
それらの努力が実を結んで、ユーロへの統合はスムーズにいったわけだ。

ユーロからドラクマへの変換は、その逆だ。
事前準備を何もせずに、不意打ちでの交換になる。
こんなのうまくいくわけがない。

北朝鮮での旧ウォンから新ウォンへの変換も不意打ちだった。
インフレ抑止が目的だったらしいが、単に変換しても達成できるわけがない。
非合法というか、はっきりと説明できない大量の旧ウォンの所有者をあぶり出し、彼らから金をまき上げるのが目的だったわけだ。
実際に成功したかどうかはよくわからない。
必死になって貯めた金をいきなりまき上げられたら、怒らないわけがない。
反発が猛烈に吹き出したはず。
反発があまりにも強すぎたせいか、旧ウォンから新ウォンへの交換の制限もなし崩しにゆるくなっていったし、この制度を実行した人間は粛清されたと聞く。
トカゲの尻尾切りのようなものだ。

こんな風に考えてくると、ギリシャのユーロ離脱というのは経済活動崩壊と同義としか思えない。
強制的に実行しなければ話は別だが、強制的でなければ誰も従いはしないだろう。

それでは、根本的にギリシャ政府はなぜユーロ離脱をしなければいけないのだろうか。
一つの理由は、支払いができなくなったので、それをごまかすためだ。
でもドラクマで支払うというのは、本当のお札がないので子供銀行のお札で支払おうとするようなものだ。
実際に受け取られるわけがない。
だったら素直に「金がないので支払えません」と言ったほうがまだましなはずだ。
年金だったら「お金がないので10分の1だけ支払います」と言ったほうがいい。

あるいは、別通貨だったら為替レートが変化することで自然に競争力が回復するという話にすがるつもりなのかもしれない。
けれども、為替レートが変動することで自然に競争力が回復するというのは神話だ。
実際には賃金が下がっていることを、国民は気づきにくいというだけだ。
ギリシャの場合は産業がほとんどない。
ということは、為替レートが低下すれば商品の金額が上昇するということだ。
賃金は低下しなくとも、インフレによって自分の生活が苦しくなることはすぐにわかる。
だとしたら、為替レートの変動などという技を駆使しなくとも、単に賃金を下げればいいだけだ。
経済活動が根本的に停止する危険性を犯してまで、自国通貨を復活させる意味はない。

ギリシャ国民はEUの政策に対して反発していると聞く。
EUの言うことをそのまま実行していても、生活が苦しくなるだけだと。
しかし、EUの言うことを聞かなければ、うまくいくかと言うとそんなことはなかろう。
政府の支払いが全然回らなくて、すぐに潰れるだけだ。
今EUからの支援があるから、当面の資金繰りはついている。
かなり減ったとはいえ年金も出ている。
ユーロから離脱したら年金が一銭も出なくなるのが落ちだ。
日本から見たらギリシャ国民が文句を言っているのがおかしい。

当事者たるギリシャ国民にしてみれば、約束されていたはずの年金が大幅に減額されているとか、給与とかどんどん減額されて納得がいかないだろう。
でも金がないから仕方がない、というのはもう物理的必然なのだ。
納得しようが、しまいが、受け入れるしかない。

一番最初の話に戻るとギリシャのユーロ離脱を想定して、準備をしておけと、Economistは言っているわけだ。
でも具体的にどうすればいいのか。
ユーロ建ての債権がドラクマに変わらないように、契約に明記するとかいう話か。
ギリシャの法律が改正されたら契約に明記してあっても有効かどうか疑わしい。
結局は裁判ざたになる話だ。
EUとかの裁判所で勝てても実効性があるかは疑わしい。
それでも勝つのが重要かもしれないけど、それだったら特別にユーロ建てと明記しなくとも、普通にユーロ建てで商売していても勝てるだろう。

あるいはギリシャの債権は信用がおけないから、かけで売るなどはせず、現金払いにしろという話か。
これはやってない方がおかしい、当然実行しているだろう。
いまさらという話だ。

まとめると、非常時に備えろとぎょうぎょうしく書いてあっても、普通の商売人はそんなこと自然に対応している。
むしろ、ギリシャがデフォルトしたときのCDSを誰が支払うかの方がずっと心配だ。
欧州の銀行がCDSを英米から買っているとしたら、むしろ危機は英米で起こるはずだ。
英国の経済誌もユーロ崩壊の心配をするぐらいなら、ギリシャがデフォルトした場合のCDSの支払いの心配でもしていろ。
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二段階目の恐慌はあるか?

2012.01.28 Sat

20:28:59

「エコノミスト」2012年1月24日号を読んで、現在の恐慌状態について考えた。
大恐慌の場合は、1929年の暗黒の金曜日の株価暴落で不況に突入していった。
その後ある程度立ち直り小康状態になったが、オーストリアの銀行の破綻で崩れ、世界中が不況に突入していった。
つまり、二段階で恐慌が来たわけだ。

今回もサブプライムローンに端を発して、リーマン破綻により世界中が恐慌状態に突入した。
世界のほとんどの国がマイナス成長に陥るほどだったが、世界各国の金融財政面での下支えにより、なんとか立ち直ってきた。
GDPもリーマン危機の前の状態の戻ったぐらいだ。
けれども、ギリシャの財政危機によって、また先行きが不透明になっている。
大恐慌のときと同じく、また2段階目の不況に突入するかというのが、「エコノミスト」の問いであった。

私は突入するという答えを持っている。
バブル崩壊による景気停滞は簡単には戻れない。
バブルの崩壊の意味は資産価格の低下だが、資産価格が低下するというのは未来に入ってくる収入が減ってくることだ。
人間はバブルが崩壊しても、それを簡単に納得できない。
だからいつかそれが戻るのではないか期待して、今まで通りの生活を続けようとする。
たとえば、日本のバブル崩壊後銀行は不動産会社に対して融資を続行し、不良債権じゃないかのように見せかけた。
このまま続いていけば、当面は状況を糊塗することができる。
全員が全員そのままの形を続ければ、経済はそのままの形で動いていく。

けれども永久にそれを続けることはできない。
時間が経てば入ってくる収入が減っている以上、キャッシュフローが持たなくなる。
銀行もいつしが資金繰りが苦しくなり、最終的には実態を明らかにして、現状に対処せざるを得なくなる。
その結果が最終的な不良債権処理であり、銀行は大幅な損失を計上する。
誰かが損失をはっきりと負担せざるを得なくなるわけだ。
それがバブルの最終的な処理となる。

今回のアメリカによるバブルは世界全体に広がっていった。
経済は社会全体に広がっているものである以上、アメリカの資産増大はアメリカの消費拡大を生み、それはアメリカの輸入を拡大し、そして世界全体の生産増加につながっていった。
世界全体の生産増加はその投資金額を融資している金融機関に富を生みだしていく。
そうやって世界全体に富があふれっていった。

しかし、アメリカでは資産増加の根源となっていた不動産の価格上昇が逆回転していった。
アメリカのバブルこそが世界経済のバブルの根源であった以上、それは必然的に世界全体での連鎖的なバブル崩壊を促す。
けれども、それは一時的に食い止められた。
各国政府が減った需要を緊急におぎなったからだ。
バブルの崩壊の本質は未来への成長期待がなくなったことなので、現状自体を維持するのは政府が嘘の需要を生み出すことで、生産を維持することができ、一時的には経済を平穏に保てる。
ケインズ政策の効力といっていい。
世界全体が一つの政府であり、政府の生みだした嘘の需要を後世の世代全てで支払うことを納得できるなら、それも保てるだろう。
日本の場合のバブル崩壊はまさにそのような状況だった。

しかし、各国で政府が分かれている場合は違う。
各国の負債は各国ごとの国民が支払うしかない。
日本のように夕張の負債を国が面倒みるわけにはいかないのだ。
政府の生み出した負債は、国で一括にまとめられることで、誰が最終的に払うかわからなくなっている。
自分は負担からまぬがれるのではないかという期待が、借金を肥大化させるのだ。

EUの場合、そうはいかない。
ギリシャの負債の尻拭いをEUが全体として実行すれば、ドイツであることは明白になっている。
ドイツがギリシャに対して資金援助をする義務ないと思っている以上、ギリシャの負債は貸し手が負担するしかない。
現在の債務交渉ではデフォルトするかどうかもめているみたいだが、金額の50%とか80%の債務を帳消しにするという話がある以上、実質債務の棒引きなのだ。
金融危機で生じた資産価格の崩壊が、もっとも弱い輪の部分で砕けたことになる。

政府が嘘の需要をつくりだせれば、規模は維持できるけれど、それは国際収支が赤字にならない場合だけだ。
国際収支が赤字だと最終的に外国の借金がたまっていくから、いつかは借金とりが騒ぎだしてどうにもならなくなる。
ギリシャがまさにその例であり、その他にも経常収支の赤字が非常に大きい国は、資産価格が下落して払えなくなっている以上、経済規模を縮小して赤字を減らすしかない。

大恐慌のときは、国が需要を作りだすということをしなかった。
だから、不良債権処理の最終的な処分を長引かせられず、すぐ二段階目の不況が起きた。
今回は国が積極的に需要を作り出したので、時間を長引かすことができた。
けれども、国が単位でもいつかは資金繰りが行き詰まる。
つまり偽りの経済の回復は限界にきて、二段階目の不況が発生するということだ。

もう少し理論的に考えてみる。
資産の価格が最終的に引き下げられ、不良債権処理が終了すれば、資金が流れてこなくなる所は、それに見合って消費を減らすしかない。
つまり、資産価格の崩壊は経済が縮小すると同義なのだ。
逆に言うと経済の規模が前と同じなのに、資産価格が低下している状況はおかしい。
どこかで誰かが、資産価格が下落しているのに、前と同じように行動している。
それはいつか破綻する。

恐慌が二段階になるのは、資産価格の下落を簡単には納得できないからだ。
資産価格が戻るだろうと予測して、投資や消費が変わらなければ経済は表面的に元に戻る。
しかし、資産価格が戻らなければ、いつかは資金繰りが悪化して、破綻せざるを得ない。
それが二段階目の不況として現れるわけだ。

最初のショックの後一時的に経済が回復するのは、資産価格の下落を一時的なものと誰もが考えるからだ。
大きく値を下げたことによって、値頃感から買いが入り、資産価格はリバウンドする。
これによって、構造的な不況を循環的な不況と勘違いすることによって、経済は回復する。
しかし、資産価格が戻らなければ、結局は経済規模の縮小が必要であり、二段階目の不況が必然となる。
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コンピューター将棋の進歩:普通のプロとトッププロの差

2012.01.27 Fri

20:31:40

「どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?」

を最近読んでいるのだが、その中のコンピュータ将棋の進歩の話で面白い所があった。
素人からプロ棋士になる努力と普通のプロ棋士が羽生さんのようなトップレベルの棋士になるまでの努力とでは、後者の方がずっと大変だという話だ。
これ自体はなんとなく納得できる。
けれども、コンピューター将棋は普通のプロ棋士のレベルに到達したけれど、トップ棋士に到達するまではまだまだかかるという意見には、異議がある。
コンピューターにとっては素人からプロ棋士のレベルに到達するまでは大変だったけど、普通のプロ棋士からトップレベルの棋士はそれほど難しくないと思うからだ。
素人からプロ棋士のレベルに到達するには、いろいろ将棋の常識を覚えなくてはならない。
そして、一番大事なのは大局観だ。
詰みになるかなり前の段階で優劣を判断する能力、それが問われる。
コンピューターで言えば評価関数の能力だ。
正しい評価関数ができなくては、どれだけ読んでも正解にはたどりつかない。
最近のコンピューター将棋の進歩はボナンザがボナンザメソッドと呼ばれる方法で、棋譜から自動的に評価関数を生成できるようになったのが多きい。
正しい評価関数があれば、読みを深くすることで強くなっていける。

人間にとって素人からプロになる努力は、誰でもできると言った意味がある。
もちろん、本当のプロになるのはほんの一握りの人間だから簡単ではないのだが、それでも数百人の人間がいて理解することができる。
つまり一般的な能力であって超人にしかできない、そんな特殊なものではないのだ。
それに対して、普通のプロからトップのプロになるのは簡単ではない。
何が違うのかというと、結局はヨミの深さだというのが私の意見だ。
普通の棋士だと読みの深さが20手ぐらいなのがトップ棋士だと25手ぐらいなのではないだろうか。
数値自体は私の感覚的な物であまり意味はない。
その差はヨミの速度であり容量であり簡単に埋められない。
他の棋士よりほんの少しでも上回れば、圧倒的に強くなる。
そういうものだと思う。

100mの競走みたいなものだ。
トップは9秒7くらいだったろうか。
0.1秒の差がとてつもなく重い世界だ。
これは小さな差だけれど、限界ぎりぎりに来ているから、小さな数値を上げるのが簡単にはできない。
そういう意味で普通のプロとトップとの差は大きい。
イチローなども同じだ。
他のプロ選手と比べてほんのわずか上なだけだが、成績の上位下位を分けるものとなる。
そして巨大な年収の違いとなって現われている。

しかし、コンピューターの場合は違う。
読める深さというのは現在の所、時間が経てばいくらでも早くなっていく。

素人からプロの部分はプログラマーによってその方法を手順化する必要があった。
だから大変だった。
けれども、普通のプロからトップの部分は質的な変換は必要ではなく、量的な速さだけが求められているのだとしたら、コンピューターが追いつくのは難しくないだろう。

「そうではない。普通のプロとトッププロの違いはもっと質的な物だ」、という意見もありそうだ。
非常に難しい局面で正着を指せるのは、大局観がより優っているからというわけだ。
けれども、トッププロが難しい局面で正着を指せるのは、単に新しい局面で天才の閃きが生じたからではない。
やはり、その局面である程度深くまで読むことによって、より先を見通し、その結果をパターン化することで、ずっと先の局面が読めるからではないだろうか。
単純に読むのではなく、パターン化することによる、読みのショートカットが大きいわけだ。
ただ、このショートカットも普通のプロよりも深く読めているから気がつく部分も大きいと思う。

コンピューターには読みのショートカットはできない。
けれども、その本質が深い読みであるならば、単純に物量で深く読めばいい。
それだけで追いついてゆける。

米長ボンクラーズ戦で、米長氏は自宅にある練習将棋では連勝していたと言っていた。
これは読みが浅いので、入玉のようなその読みの範囲の外の局面に誘導することで勝てたのではないだろうか。
しかし、本番用のマシンは米長氏の自宅にあるコンピューターより10倍ほど高い性能を持っていたと聞く。
つまり、より深く読むことによって、米長氏の罠を抜けたわけだ。

結論を言うと、コンピューターと人間の本質的な差は、素人と普通のプロ棋士の違いみたいなもので、普通のプロ棋士とトッププロとの差はそれほど重要ではない。
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ボンクラーズ米長戦感想

2012.01.26 Thu

20:06:09

なんかえらく遅れてしまったが、ボンクラーズ米長戦の感想を書いておく。
1月14日ボンクラーズ米長戦の本戦があり、私の予想通りボンクラーズが勝った。

米長氏の初手6二玉には驚いた。
プレマッチの時失敗していたこともあるし、負けた後初手は飛車先の歩を突くか、角道を開けるかのどちらかと言っていたので、覆してくるとは予想外だった。
ボンクラーズとの自宅での対局が進むにつれて、力競べでは勝てないとあきらめ、抑え込みから入玉を目指すしか勝機がないと判断したのだろう。
将棋自体は序盤抑え込みが成功したかに見えたが、一瞬の隙をつかれてボンクラーズの完勝となった。
玉飛接近の悪形である以上、抑え込みができなければ無惨に敗れるのもいたしかたない。
人間同士の争いでは少し悪くなっても粘っていればチャンスがある。
しかし、ボンクラーズの力を信用し少し悪くなっただけで逆転できないと判断すれば、粘れる形にしても意味がない。
とにかく、コンピューターの読みの範囲を越えること、それを重視したのだろう。
勝つための唯一の可能性だったかもしれない。

清水あから戦とは対照的とも言える。
清水さんは普通に戦っては勝ち目がない相手に対して、自分の戦いをするしかないと覚悟を決め、自分らしく指してそのまま負けた。
自分の力を100%出せば負けても悔いはないという考え方は日本人らしく感じるけれど、勝機がほとんどないというのも事実である。
自分の力は出せないけれども、相手の力をより大きくそいだ方がチャンスの可能性は高いというのは、勝負にこだわった指し方であり、米長氏の勝負根性を感じる。

将棋自体はボンクラーズが戦機をつかめず、飛車が右往左往していた。
困っていたかにも見えたが、実際のところはどうだったのか。
何もしなくとも、相手は手詰まりになるのを予測しての待ち手順であったとすれば凄い。
水平線効果で無意味な手を繰り返しているのだとすれば、価値は半減といったところだろうか。
米長氏の方からすれば、どこかで千日手を目指すしかなかったように感じる。
具体的な手はよくわからないが、4二金と寄った手がどうだったのだろうか。
あそこで7二玉と戻るのはダメだったのだろうか。
飛車の効きが玉に直射するから悪いのかもしれないけど、それはボンクラーズが最終的にはなんとかなると判断して、一人千日手をしていた戦術の有効性を示すものだろう。

ボンクラーズ米長戦は、まんが「あしたのジョー」の矢吹力石戦に似ていた。
アッパーによる大振りで一発KOを目指す力石がボンクラーズで、威力はたいしたことなくてもジャブ主体に少しずつ相手にダメージを与える戦略を取る矢吹が米長だ。
矢吹は相手をかわし続けることで判定では有利ではあっても、一発強力なパンチが当れば一瞬の内に勝負がついてしまう。
米長氏の作戦も同じであって、戦いを避けているうちはまあまあ戦えたとしても、駒がぶつかり会えば勝ち目がない。
そういう勝負だった。

後、勝ちになった後のボンクラーズの切れ味が凄かった。
解説の渡辺竜王と読み筋が完全に一致していて、人間の最高レベルとコンピューターの最高レベルとでは終盤の勝ちが見えた局面での指し方が両方ともわかっているという点で興味深い。
昔コンピューターの指し手は人間の感覚と異っていた。
それが一致するようになったのは、両者が最高レベルにある証拠なのだと思う。
また、渡辺竜王の力がコンピューターと五分の証拠かもしれない。

今後のいつかあるであろうコンピューターと渡辺竜王の戦いが楽しみである。
私の予想では、渡辺竜王は後手番では入玉含みで千日手を狙い、相手が無理攻めをしてきたらそこをカウンターで叩く。
先手番に変わったら定跡をよく研究しておいて、先手有利な定跡を指して僅差の優勢を維持して最終的な勝利を目指す。
人間相手と違うのは自分が少し有利で納得するのではなくて、最終的な詰みを発見するぐらいまで煮詰めておくことだろう。
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野田首相への辞任勧告

2012.01.24 Tue

12:26:19

話題になっている野田首相の演説を見た。
「マニフェストに書いてないことはやらないんです」とか言っている演説だ。
消費税も役人が白アリのようにたかっている特殊法人を整理しないうちには実施しないと明言している。
完全に今の方針と逆行している演説だ。
話はちらほど聞いていたけれど、映像として見てみるとこれはひどい。
どうみても詐欺師だ。

昨日ワイドショーなどでテレビでも流れたようだ。
今日から通常国会だが、野党はこぞってこれを取り上げるだろう。
国会で取り上げられればニュースとして報道される。
まだ見ていない人もニュースとして見ることになる。
私の目にはどうみても弁解できない演説だ。
首相の支持率はさらに低下するだろうし、問責も出てくる。
6月危機などという話だったが、すぐにも二進も三進もいかなくなる。
新聞などでは与野党での話し合いを求める声もあるが、とうていそこまでいかない。
政治家、あるいは人間としての最低限の信用の話になってしまう。

「信なくば立たず」という言葉がある。
国民から信頼されなくなったら、為政者は政治をやっていけないという意味だ。
消費税が必要か必要でないかを問う前に、信頼のおける人間でなければ国民は政治をまかせることはできない。
野田首相はこれに致命的な打撃を受けた。
どちらかというと民主党に批判的な私には、この映像もさもありなんと思う。
あいつらならやっても不思議はないと。
けれども民主党を支持した立場の人間には、とてつもない裏切りとうつるだろう。
支持率は30%を割るというより、20%を割ってくるような気がする。
消費税支持派の人々にも、この演説は問題があり過ぎだ。

野田首相は最初から騙すつもりで、マニフェストに関する演説をしたのだろうか。
信じていないことをぺらぺらと喋りまくるわけだ。
平気で嘘をつける人々などという本もあるように、そんな特殊な人たちがいるのかもしれない。
普通の人は簡単には嘘をつけない。
なんというか、自分に対して整合性を持たせようというのだろうか。
私も嘘をつくのは苦手だ。
欲目かもしれないが、野田首相もそうであって欲しいと願っている。
そうすると、現在との政策の違いはどこから生まれるのだろうか。
前回の選挙の時は消費税上げに対して反対だったとすれば、今100%変わった理由は何だろうか。
信念が変わるほどの自体はなぜ起こったのだろうか。

一番考えられるのは、与党になって自分たちが国を治めることを真剣に考えるようなったてのがあるだろう。
今までは与党でなかったので、全然先のことを考えず、とにかく選挙民の気にいるようなこと言ってきたという話だ。
ちょっとひどすぎる話に思える。

あるいは、財務大臣になって国の未来に関して門外不出の情報を見せられて、意思が変わったか。
はっきり言って、そんな情報があったなら国民に公開せよとしか言えない。
自分の意思が変わるほどの情報をなぜ国民に伝えようとしない。

そうなのだ。
野田首相の意思が変わったのだとしたら、その意思の変化の理由を説明するが、一番いい国民への説得手段となる。
でも、そうはいかないのかもしれない。

財政が危機的状況だということを多くの国民は知っている。
その上で財政再建を優先すべきかどうか、いろいろと考えている。
しかし、民主党議員は何も考えずにしゃべってきた。
財政赤字かどうかも知らないで消費税に反対してきた。
そんな話なのかもしれない。

でも、そういう話だったらやっぱり民主党政権はダメだと思う。
自民党政権が続いている間に政権を取ったらどんな政治を実行するか、深く考えていると国民は思っていた。
それがとにかく政権交代するのが目的で、その後のことは何も考えていなかったとすれば、そんな人間に政治はまかせられない。
そんな状況では、少なくとも今後の日本がどうなるかを考えてきた自民党の方がました。

野田首相の演説は、野田首相という人間が詐欺師なのか、あるいは今まで国家のことを何も考えていなかった人間なのか、どちらかを指し示している。
どちらにしても、国会議員としても、総理大臣としてもふさわしくない。
ただちに辞任すべきだ。
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