異をとなえん |

来年の日本の経済

2010.12.31 Fri

04:21:49

今回は来年の経済の予測をしてみたい。
昨日、日本の政治予想をしたことの続きというわけだ。
日本の経済の予測と言っても、最大の問題は世界経済の行方といってもいい。
世界経済が好調でなければ、日本経済の景気も維持できない。
日本経済は今年は好調だったと言える。
政府の補助金による需要の先食いとも言えるが、エコカーとエコポイントによる補助金で、自動車と家電製品の販売は好調だった。
そのお陰で、日本経済も4%ぐらいの成長をしたのではないだろうか。
この数値は潜在成長率が2%以下と見なされる日本においては、高成長といっていいだろう。
とは言っても、まだリーマンショック前のGDPは回復していない。
それだけ日本の落ち込みが深かったということだが、世界のほとんどの国がリーマンショック前のGDPを回復していることを考えると、高成長もその分評価が落ちる。

何がまだ回復していないかは、よくわからないのだが、設備投資がまだ落ち込んでいるみたいだ。
未来に対する確固たる自信が持てないので、設備投資を自重しているのだろう。
その分まだリーマンショック前のGDPが回復していない。
日本はまだ世界経済の未来に対して楽観していないことを示している。
それに対して、世界は自分たちの未来を信じている。
だから、株式市場も高値になり、商品相場も上がっている。
この相場が堅調のまま続けば、日本での投資も段々と増えていくことになり、GDPも何とか回復する。

問題はやはり世界経済の行方だ。
欧州もアメリカも中国も心配で仕方がない。
日本人が心配性かもしれないが、やはりなんというか予断を許さない気がする。

** 欧州

一番危いのは、やはり欧州だろうか。
ユーロ圏はケインズ的政策を発動させる仕組みがなくなっている。
赤字財政を組めば、国債の償還が確実かどうかを疑われる。
PIIGSの危機は、どの国も均衡財政を余儀なくさせるといっていいだろう。
ユーロ圏随一の健全国であるドイツも、赤字財政をやめようとしている。
ドイツが他のユーロ圏の国々を援助しなければ、需要の低下は止まらない。

ただでさえ景気が悪くて需要が減少しているのに、そこでリーマンショックの時の緊急的な財政拡大の措置をやめれば、需要が大幅に減るのは目に見えている。
ユーロ安によって輸出が増加し、景気がいいドイツを除けば他の国は不況に沈む。
景気が悪ければ税収も増えない。
ギリシャ、アイルランドと二つの国はユーロ圏各国の支援を得て、一時的に資金を調達できた。
けれども、更に不況が深刻化すれば、今の状態でも返せるかどうか疑いが濃くなっていくだろう。
返せないとなれば、ユーロ圏諸国の国債を買っている金融機関が存続できるかの問題が生じる。
実際の正確な状況が判明しないまま、現状が続いていく、それが欧州の状態だ。

** アメリカ

それに対して、アメリカはまだずっとましな気がする。
不動産の下落によって生じた需要の減少は、とりあえず政府の膨大な赤字によって埋め合わせることができた。
アメリカ経済の回復を見込む人も増えている。
アメリカの金利が上昇に転じたのも、原油、金を始めとした商品相場が活況を呈しているのは、その証拠だろう。
しかし、このままうまく経済が成長を回復するのか。
私はまだ悲観的だ。
何よりも、原油の上昇によるガソリン代の値上がりが消費を冷やすはずだ。
回復しかけた、景気の芽を摘み取る、そんな気がする。

もう一つアメリカ経済について心配なのは、アメリカに資金が流れてこなくなることだ。
長期金利が上がっているのに、最近円高に動いている。
アメリカに投資する資金が減っているのだろうか。
一時的なものかも知れないが、今までと少し違った雰囲気を感じる。

日本経済でバブル崩壊後の長い停滞が始まった時は、財政支出を増やして、需要の急減を食い止めた。
それが日本経済をマイナス成長に陥らせることなく、成長させた要因だと思う。
アメリカも財政支出の増加によって、需要を急減させず景気を維持している。
しかし、日本の経常収支がずっと黒字を保っているのに対して、アメリカは赤字である。
これがどのように響いてくるか。
アメリカに資金が流れてこないので、長期金利が上がっているにも関わらず、ドル安ということもありうるのだろうか。
ちょっと、よくわからない。
ただ、来年すぐ問題になる可能性は低い気がする。
結局、アメリカはバブル崩壊後の日本に似てぱっとしない状態のまま続くのが、一番ありそうだ。
株式市場も、それほどPERは高くないし、今のままの状態を続けるならば利益も変わらないだろうから、暴落もしないことになる。
まあ、安定か。

** 中国

中国も心配事はつきない。
バブルバブルと言われ続けてどのくらい経つだろう。
なんだかんだ言っても、今まで高度成長を続けていることは評価しなければならない。
バブルが発生してから崩壊するまで、どのぐらいかかるかなど、誰もわからない。
バブルであると私も思うが、崩壊するかどうかは予測不可能だ。

唯一言えるのは、バブルが崩壊したとしても、中国は政府の強力な指導力によって安定化策を講じるだろうことだ。
リーマンショック後の大規模な公共投資が景気の悪化を食い止めたように、バブルが崩壊したとしても、大規模な公共投資に必死だろう。
経済的合理性など気にかける政府とは、とても思えないから、投資効率など無視して金を注ぎ込む。
バブルが崩壊しようと、すまいと、国民の効用が増えるかどうかは別として、景気自体はまあ順調だろう。

** 日本

そして、日本である。
今まで日本の経済は内需が盛り上がらないと景気は良くならないと主張してきた。
それは変わらない。
来年は地価も下げ止まりそうだ。
そうすれば、内需も回復するだろう。

問題はやはり外部環境にある。
アメリカと中国はとりあえず安定している。
しかし、欧州の影響が読めない。
欧州が不況であるというのは構わないのだが、問題はリーマンショックみたいないきなりの崩壊である。
絶対にないとは言いきれない。
大恐慌が世界に波及したのは、アメリカの株式暴落後のヨーロッパの銀行の倒産が始まりだった。
今回の不況もその徹を踏む可能性がある。
ただ実際に起きるかどうかは、やはりわからない。

欧州に危機が発生しなければ、そんなに悪くない年だと予想して、お茶をにごしておく。
なんか全然切れのない予想になってしまった。
よくある意見をふやけさせただけだ。
私はつくづく勝負師に向いていない。
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来年の日本の政治

2010.12.30 Thu

01:13:40

年末なので来年の展望を書いてみよう。
まず、来年の日本の政治だ。
菅政権がいつまで持つかが一つの焦点になるが、私の予測は3、4月ごろ、どうにもならなくて投げ出すに一票だ。

菅首相は最近の世襲でなった総理大臣と違って、政権への執念を持っているから簡単に潰れないというような意見を見かける。
一理あると思うのだが、予算案はうまく通る気がしない。
現在の仙石官房長官の問責決議案は、内閣改造で対処するとしても、支持率が30%を切ってくると野党はありとあらゆる所でごね出すに決まっている。
そうなれば直ぐに審議は止まってしまうだろう。
問題はその時の内閣支持率の動向がどうなるかである。
国会が止まった時、支持率が上昇して、審議を再開しろと言う、野党に対する国民からの批判が高まるならば、まだ見込みはある。
けれども、国会が止まっていても支持率が低いままなら、もうどうにもならない。
私の予想は支持率は上がらないで、もう総選挙をして出直せというのが、国民世論の大勢になる気がする。

鳩山、菅と二人の民主党総理を見て、国民のほとんどは民主党の力量を大体見定めた。
私も予算の無様な増やし方には反対である。
変な予算をぶよぶよ増やしているにも関わらず、変な増税をしている。
菅首相の財政を健全化するという主張はどこに行ったのだろう。
特に年金のデフレ分を下げることを止めようという主張はおかしかった。
一体何を考えているのだ。
予算を削るのが難しいことはわかる。
その中でデフレによる年金の減額は、これ以上ないほど正しい予算の削減だ。
それに対して反対しようというのは、財政危機など何も考えていない現れとしか思えない。

そうすると菅首相の政策がまるでわからない。
財政危機はどうでも良くなり、マニュフェストは守りたいのか、守りたくないのかよくわからない。
全然見えなくなってしまった。
支持率が低下するのも当然に思える。

国民の意識がそのようなものなら、国会が止まったとしても支持率は上昇しない。
そうなれば、さらに国会は動かなくなるだろう。
予算案は何とか通したとしても、予算関連法案はどうにもならなくなる。
衆議院は通ったとしても、参議院は当然否決、あるいは審議せずに流すかだ。
3分の2条項を使って通すのは難しい。
ぎりぎり票はあったとしても、支持率が低い状態では造反する危険性が高い。
そうすると予算はどうなるか。
法律の裏付けがないと執行できない予算や取り立てることができない税金がたくさんできるだろう。
今回の細かい増税はほとんど無理だろうし、子供手当てなどは法律の修正がない限り、ばらまくことはできない。
半身不随の状態が続くことになる。

問題は菅首相がそのときどう対応するかだ。
権力欲だけで、総理はやめない、解散をしない、と突っ張ねていても、この状態は堪えるはずだ。
国民からの罵倒は雨あられと降りそそぐ。
民主党内部からも状況を改善するための要求が上がってくる。
政策を実行する力を持てなければ、何のために俺は総理大臣をしているのだろうと考え始める。
そうすると、あきらめて解散するか辞職するしかない。

解散、辞職、どちらを選ぶか。
民主党が今まで散々自民党の首相交替劇を批判してきた経緯と、解散ならばもしかしたら選挙に勝てるかもしれないという希望がある。
辞職なら直ぐ総理をやめなくてはならない。
選挙なら選挙が終わるまで任期を伸ばせる。
世襲でなったのではない総理大臣の意地を見せる気がする。
解散名称は自棄っぱち解散しかない。
そういうわけで、4、5月ころ選挙が私の予想だ。

その前の解散もありえるのだろうけれど、麻生政権と同じで、できるだけ総理大臣でいたいという欲で解散はたぶんできない。
二進も三進もいかなくなるまで解散しないから、結局は4、5月だ。

選挙をしたならば、どうなるか。
順当なら選挙になれば自民党が勝つだろう。
政権がどうなるかは、ちょっと予想がつかないが、一応谷垣自民党党首が小泉政権でずっと財務大臣を勤めていたことを考えれば、小泉路線への回帰もありうる。
この場合の小泉路線は緊縮財政ということだ。
そうなれば、私は自民党支持に回るだろうけれど、実際にどうなるかは予想もつかない。

予測も先走りすぎだ。
来年は予算関連法案が通らないので、菅首相は総選挙に訴えて敗北し、自民党政権が復活すると、そう予測しておく。
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ネットの情報の真実性

2010.12.28 Tue

03:28:59

中国のツイッターユーザーの講演の話を読む。
Togetter - 「101209 安替@mranti 「帰国前報告講演会:日本メディアの中国報道における構造的欠陥」」
面白い。

いろいろと感じる所はあるのだが、最後の部分で日本のメディアがなぜネットの情報を報道に生かせない理由について、本質的な疑問が提示されていた。
それについての議論が深まっていないように見えたので、自分の意見を述べておきたい。

引用開始

・ tsuda
会場からは「記者クラブの問題じゃないよ!ネットには怪しい情報もたくさんあってそれをどう検証するかって話だよ」とインタラプトする(恐らく)伝統メディアの人が。
tsuda
2010-12-09 20:14:47
引用終了

日本のメディアがなぜ中国上海の献花の話を報道できないかが、今回の講演の一つのテーマになっている。
日本のメディアが報道できないのは、まず何よりも検証できるかどうかが、わからないからである。

ツイッターにおいて、上海の献花事件の情報が幾ら山のようにあったとしても、それが本当がどうかはわからない。
中国語のツイッターで、こういう情報があったのは確かだとしても、それは報道の価値があるかどうかは難しい。
実際に献花があったかどうかの確認があって、始めて報道の価値がある情報だと言えるだろう。
それでは、どうやって献花があったかどうか確認できるのか。
行って見ればわかるだろうが、それは簡単ではない。
実際にその場所に行けるかどうかという問題もあるし、他の報道とのかねあいもある。
普通は確認が取れるデータ元で、なんとかこなすわけだ。
この場合、確認が取れるデータ元は中国の官製メディアになる。
中国の官製メディアが、献花事件を報じてくれれば、とにかくあったかどうかは確認できなくとも、中国のメディアが報道したことは事実であり、それは報道する価値がある事件だ。

それに対して、ネットの情報はそういう部分が弱い。
献花という事実の匿名の情報に対して、本当がどうかどうしたら記者にわかるのだろう。
山のように同じ記述があったとしても、全部匿名なら全部デマかもしれない。

ネットのユーザーと知り合いになって、名前を知ればいいかもしれない。
そうすれば、実際の事実を確認できる。
しかし、本当にそんなにうまくいくか。
まず、単なる一般の人間の知り合いだったら、その人がデマを飛ばしていないと、どうやって確認できるのか。
報道した後、あれはデマだったと言われても困るわけだ。

次に情報のネタ元が信頼できる人間であることが、はっきりしたとしよう。
でも、その場合信頼できる人間は当然そんなに多くはない。
その人間が、情報の大元にアクセスが必ずできるかと言うと、そうではないだろう。

メディアは出る情報をそのまま出せばいい、情報の真贋はユーザーがするなどと言う意見もあるが、それは信頼できる情報がある場合に言える意見だ。
日本のメディアの報道は意見はともかくとして、事実の報道はそれほど間違っていないと人々は信じている。
その固い土台の上に立っているからこそ、各種のデマが飛び交う中、人々は真実を把握したと思うのだ。
全ての情報に何の信頼性もなければ、ほとんど全ての事実は藪の中だ。

韓国の新聞が2ちゃんねるあたりからの情報を書いて記事にしている。
どう見ても、おかしいと思うわけだ。
匿名の何を代表しているかもわからない人間の意見など、何の意味があるのだろうか。
ネットユーザーの代表的意見という考え方があっても、それだったら実際の人間にインタビューして、確認を取ればいい。
それぐらいの手間を省いては仕方がないだろう。

今回の上海の献花事件にしても、ツイッター情報を元にして、現場に取材にいけばいいと確かに言える。
でも、それだけの労力がなければ、報道できない。
日本のメディアは、ネットの情報に対する感度が鈍そうだし、官製情報に頼りすぎているようにも見える。
ただ、だからと言って、ネットの情報をそのまま使えというような意見だとしたら、それは問題である。
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購買力平価でのGDPについて - ガラパゴス化は必然である(その8)

2010.12.25 Sat

02:37:47

「途上国化する日本」を立読みしたのだが、ちょうど「ガラパゴス化は必然である」と真逆の主張みたいで興味を持って読めた。

本の中で購買力平価での一人当たりGDPを考えると、日本はすでにトップレベルからずっと遅れているという指摘があった。
続:ガラパゴス化は必然である」では、日本の一人当りGDPが実質的に世界でも極めて高いとしていたが、これはおかしいのだろうか。

** 購買力平価での一人当たりGDPは日本は低く出やすい

まず、購買力平価での一人当たりGDPは先進国には不利に、発展途上国には有利に働く。
中国ではミルクに最近有害な物資が混ぜられて売られ、多くの赤ん坊の患者を出しだ。
そのために、日本製のミルクならば信頼がおけるということで、日本製のミルクの売行きが好調になった。
さらには、日本製のミルクの空き缶を集めている人がいるという噂が出はじめた。
ミルクの空き缶に中国製のミルクを集めて売ろうという魂胆らしい。
この場合、日本製のミルクと中国製のミルクとが、同じ製品だから同一価格と考えるのは明らかにおかしいだろう。
日本製の品質の高さは価格差分の価値があると考えるべきだ。

つまり、先進国の製品は一般的に発展途上国の製品に対して、品質が高く、安全性に気を配っている。
その分価格が高くなるわけだが、先進国の人間は安全には替えられないと考えているわけだ。
日本は品質の高さでは、世界でも他に抜きんでていると思う。
その分どうしても、製品の価格は高くなる。
結果、どうしても購買力平価での一人当りGDPは低めに出る。

それではアメリカはどうだろうか。
アメリカは購買力平価での一人当りGDPが単純な為替ベースでの一人当りGDPより高めに出る傾向がある。
これはアメリカが、購買力平価を計算する際に対象となる、基礎的な物資の価格が極めて安いことから起きている。

前に「ウォルマートに呑みこまれる世界」感想でも述べたが、アメリカでは商品の品質を落とし、価格を落とす傾向がずっと続いている。
本来なら、品質と価格のトレードオフが成立し、価格は高いけれど品質は高い商品、価格が安くて品質も低い商品も共存できるはずである。
もちろん、アメリカでは貧乏人も多いので価格を最優先に選ぶ客層が厚い。
そのため、価格が安い商品は売行きがいいのだが、そこにウォルマートが中国で大量生産することによって更に価格を下げることに成功している。
結果、ウォルマートが価格と品質が両方低い製品で独占を形成するので、価格が高く品質が高い商品が生き延びていくことができない。
ニューヨークのような大都市では、それなりの商品選択の自由があるのだろうけれど、それ以外の都市では全然うまくいかない。
アメリカが購買力平価の一人当りGDPが高い国となるわけだ。

つまり、購買力平価の一人当りGDPで比較するより、為替換算の一人当りGDPで比較した方がより正しい。
為替換算は変動が激しい問題はあるが、何年かの平均を取ることによって、それは解決できる。

** 一人当りGDPが低い場合の問題は何か?

次に購買力平価での一人当りGDPが低いとしたら、いやもう本質的には購買力平価は関係ない。
他の国に比べて一人当りGDPが低いとしたら、日本は他の国をうらやましく思うはずである。
足りない何かがあるのだから。
それを日本でも利用できるように努力していけばいい。
そうすれば、経済は成長できるはずだ。

しかし、現時点では足りない何かがない。
アメリカこそがガラパゴス化した国である」に述べた、アメリカと日本の需要の明白な差である、先進医療、広い住宅、大型自動車は日本が目指すべきものかと言うとかなり疑問である。
アメリカと同じ道を簡単に歩むことができない所に、日本の低成長の原因がある。
その問題を解決しないで、一人当りGDPで日本は発展途上国化しつつあると言っても意味がない。
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集中する文章

2010.12.23 Thu

03:38:06

いかにして集中するか。
精神をそこに集中させれば、文章は書ける。
けれども、集中は簡単にはできない。
何が問題なのか。
雑念はどこから来るのか。
それがわかれば苦労はしない。

集中していないと文章は同じ所を漂ったまま、繰り返しを続ける。
集中し始めると、中身が展開され、いろいろなイメージがほとばしり始める。

集中できないと書けないけれど、かといって何もしていなければ、いつまでたっても集中できない。
時間をかけて座っていることによって、少しずつだけど文章がわいてくるイメージがある。

この文章も、本当は別のことを書くために、神経を集中しようとして、集中できないで書いている。
書きたいことを書くのが難しいからだ。

書きたいことを書くのが、なぜ難しいかというと、いろいろなことがたくさんあって、それを一つ一つ説明するのが大変だからな気がする。
小さく分割していけば、問題は簡単になるはずだが、その分割していく境目がよくわからない気がする。
前のことの繰り返しになってしまいそうな気がする。

それでも、始めなくてはいけないのか。
あるいは、始めることによって、なにか見えてくるかもしれない。

それでも、前はかなりやる気があった。
ここに来て気力が大幅に減退している。
休みがちになるのは、その現れである。

何が気力を生むのか。
体を動かすことなのかと考える。
運動することによって、頭が活性化する。
そんな話を聞いたことがある。

とりあえず、明日は走る。
もう今日になるけど。

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年を取ると集中力がなくなる
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中間まとめ - ガラパゴス化は必然である(その7)

2010.12.22 Wed

04:23:35

「ガラパゴス化は必然である」という一連の記事を書いているわけだが、どういう流れなのか、わかりにくくなってきた。
中間的なまとめと今後の記事について、自分にとっての整理も含めて記述しておきたい。

最初の「ガラパゴス化は必然である」では、経常収支が黒字で海外純資産残高が巨額である日本は内需中心でなくては成長できないことを述べた。

次に「続:ガラパゴス化は必然である」では、日本の一人当りGNPが実質的に世界でも極めて高いことから、内需中心に成長するには新しい需要を創造しなければならず、それは世界で始めての物なのだから、ガラパゴス化と呼ばれるように世界から見ると特殊な物になるのは当然のことを述べた。

その次の「アメリカこそがガラパゴス化した国である」では、アメリカの一人当りGNPは日本より高いにも関わらず、なぜ日本はアメリカの真似ができないかを述べた。
ここまでで、日本のガラパゴス化は必然である理由は大体記述したが、もう少し大きなレベルから現象を整理したいと考えていたのだが、なかなかうまくまとまらず停滞していた。

そこで、少し話を変えて「日本を楽観する理由」と「続:日本を楽観する理由」では、私の理屈が正しく、ガラパゴス化を批判することが間違っていることを別の観点から示そうとした。
ただ、あまり納得できる理屈になっていないかもしれない。
もう少し補足する必要があるかと考えている。

そして、前回の「数字の経済論には意味がない」では、日本経済批判に対する文句を述べてみた。
ガラパゴス化とは直接関係ないのだが、ガラパゴス化に代表される日本経済批判に対する回答の一つだと思っている。

今後の記事については、次の4点を説明したい。

・金融の特殊性について、なぜロンドンやシンガポールのような金融業に特化した国ではガラパゴス化しないのか。

・国が存在することを前提としてガラパゴス化について記述しているが、未来は国境がない世界に近づいているようにも見える。国が存在しない世界でもガラパゴス化というような考えは成り立つのか。

・日本企業のグローバル経営の流れは何を意味しているのか。ガラパゴス化とは反した流れなのか。

・本質的にガラパゴス化は日本特有の現象ではない。文明の先端を行く国にとっては必然のように思える。ガラパゴス化を一般化した場合どうなるか。
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数字の経済論には意味がない - ガラパゴス化は必然である(その6)

2010.12.21 Tue

04:45:17

また、書けなくなってしまった。
さぼるとどんどん書けなくなることがわかっているので、つたないことでも書く。

ガラパゴス化は必然であるというシリーズに対してまとまりがなくなっているが、日本批判に対するさらなる反論を書いてみたい。
一番よく見かける批判に、日本の成長率が低すぎるというのがある。
中国は10%成長、韓国は6%ぐらい、欧米は3〜4%ぐらい成長しているのに、日本は1%ぐらいしか成長していない、という批判だ。
つまらん話だと思うわけだ。
成長率などと言うのは数字でしかない。
その成長率で何を具体的に達成したかが問われなくては話にならない。

明治のころはわかりやすかった。
欧米の列強が攻めてくるのを前提にして、それにどう戦うかを考えて国を作れば良かった。
国を守るには軍備が必要で、軍艦、大砲をたくさん準備しなくてはならない。
それらの製品を購入するか、製造するか。
外国から購入するには資金が必要だ。
その資金を稼ぐためには輸出する必要が出てくる。
自力で製造するには技術やら工作機械が必要だ。
結局はやはり金が必要になる。
輸出をするには、外国のことを理解する必要があり、売れる製品を作りだす必要がある。
外国を理解するには、外国の本が必要であり、外国語の教育システムが必要であり、とさらにこの連鎖は続いていく。
これらの具体的な内容がイメージできるなかで、成長率という話が出てくるのだ。

あるいは、欧米文明に対するあこがれも成長のエンジンだった。
明治初期にはガス灯と鉄道が一番の魅力だったらしい。
欧米に渡った人たちが一番感動し、それを日本に持ってきたかった。
欧米文明の魅力を、日本人にすぐにわかってもらうためだ。
実際、建設されたガス灯や鉄道をたくさんの人が見物にきた。
自分たちの町にもガス灯をひいて暮したい。
鉄道を建設して、東京や大阪を見物にいきたい。
明治の人は本当にそう願ったのだ。
どうしたら、その夢を叶えられるか、頭と体の全てを作った結果が、日本の発展だったわけである。

戦後の日本の高度成長の話でもいい。
成長率が高いことは誇りだったけれど、別に成長率のためにがんばったのではない。
テレビ、自動車といった製品を買うためにがんばったのだ。
アメリカの生活が憧れであり、そういう生活をしたいと働いたのだ。

そこで冒頭の話に戻る。
成長率が低いというのは数字の話だけに過ぎない。
成長率を上げろという話ではなくて夢を語らなくてはならないのだ。

「海外に出ろ」という意見がある。
異文化を知ることによって、能力を鍛えられるからだなどという理屈が出てくる。
それに感動があるとは思えない。
なぜ、海外へいって、何々しろと具体的に言わない。
抽象的な目的では人は動かない。
具体的な目的が必要なのだ。
複数な文化に触れるのはその結果だ。

ハーバード大学で日本人の留学生が少なくなった。
だから、ハーバード大学へ行けなどというのは、つまらん意見だろう。
なぜ具体的な教授名を出して、その指導をあおぐために行けとならないのだ。
今だって、フランス料理を勉強するためにフランスに行く人とか、音楽家になるためにウィーンに行く人とかはたくさんいると思う。
そういう具体的な夢がないのに、抽象的な海外など意味があるとは思えない。

今の日本で成長率が下がり、経済が停滞しているのは、具体的な夢が見つからないからだ。
海外に憧れ、そこに行けば簡単に夢が見つかる時代は終わった。
苦しみ、もがきながら夢を探すしかない。
そして、社会人ならば、いや学生であっても、結局仕事を通して夢を探すしかないのだ。
仕事を通して課題が与えられ、人間として成長し、社会を少しずつ良くしていく。
単なる数字だけの成長論など、何の役にも立たない。

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