異をとなえん |

絵に描いたエンジンは飛べない - 「スペースシャトルの落日」批判

2010.05.12 Wed

02:26:06

松浦氏著の「スペースシャトルの落日」の増補版が発売されていた。

私は増補版を読んでいないのだが、旧版を読み返した所、どうも気になる部分があったので批判してみた。

松浦氏は「スペースシャトルの落日」で、日本の液酸液水エンジンの開発が間違いではなかったかと指摘している。
同意できない。
第一段エンジンがソ連で作っていた液体酸素・ケロシンエンジンの方が良かったという意見には同意できる。
しかし、日本が第二段用に液酸液水エンジンと第一段用に液体酸素・ケロシンエンジンの二つを同時に開発していれば、単純に考えれば開発費は二倍である。
一つのロケットを開発するのに、他の国と比べて開発費が二倍などと言うのは、少なくともその当時の日本には耐えられない。
アメリカのサターンロケットのように、第一段は液体酸素・ケロシンエンジンで、第二段は液酸液水エンジンなどという開発はアメリカだからできたのである。

買ってくるなどと言う考え方は全く無意味である。
軍事的観点から自力で飛ばす能力を持たない国には、どこも売ろうとしない。
GXロケットのように、ロシアから第一段エンジンを買う話は日本が現在第一段第二段両方のエンジンを開発できているから出てくる話なのである。
韓国が第一段エンジンをロシアから買っているが、それはその当時ロシアがあまりに落ち目だったから買えたに過ぎない。
石油の価格が上昇している現在、ロシアは弱くなくなった。
韓国のロケットは現在の開発が終了すれば、第一段エンジンは売ってくれなくなり、開発は断絶してしまう。
こんな開発が問題なのは明らかである。

そうすると、第一段第二段両方をどちらかのエンジンで開発を統一するしかない。
液体酸素・ケロシンエンジンで開発を統一するのは、ソ連という前例があり、アメリカもこれで開発を始めているのだから、無難ではある。
でも開発技術者としては、同じ物を後から開発するのはちょっとどうかとなる。
液酸液水エンジンの開発は当時の最先端であり、挑戦のしがいがある。
そして、第二段エンジンとしては液酸液水エンジンの方が望ましい。
高推力のエンジンとしての能力がフルに発揮されるからだ。
さらに、ロケットの能力は第二段エンジンの方が重要なのである。
こちらの能力の方が打ち上げ重量のもろに響いてくるからだ。
そうすると、第二段エンジンに液酸液水エンジンを採用した日本の方針に問題があったとは思わない。
その当時の技術力では高めの技術だったとしても、実際の開発では成功したのだから、正確に技術の将来を見越していたことになる。

ソユーズの液体酸素・ケロシンエンジンは費用が安いという話が出てくる。
これは液酸液水エンジンより構造的に安いかというと必ずしもそうは思えない。
最大の原因は、ソユーズのロケットが量産化できているからだ。
日本の液酸液水エンジンだって量産化すればかなり安くなるはずである。
実際、第一段ロケットに使っているLE-7エンジンを第二段エンジンと共有化するLE-X計画は着実に進んでいる。
第二段に使っているLE-5エンジンの能力をアップしたLE-Xを開発し、第一段ではLE-Xエンジンを複数使う。
そうすることで、LE-Xエンジンの量産化を図り価格を安くするわけだ。
同じエンジンを複数使って、日本のロケットをもっとたくさん打ち上げることができれば、始めて液体酸素・ケロシンエンジンと価格差があるか、同じ土俵に立って議論できることになる。

結局の所、松浦氏の指摘は理想と現実の差でしかない。
具体的になっていない、理想の絵は素晴らしく見える。
しかし、実際に開発に着手すれば汚い所がたくさん出てくる。
いろいろな事から妥協を余儀なくされる。
そうなった現実は理想から見ると、ひどい物に見える。
けれども実際に動いているのは凄いことなのだ。
動いていれば改良点は見えてくる。
それを一つ一つ潰していけば、性能は確実に上がる。

将棋の中原名人の言葉に「この局面で勝つ手は一手だけである」というのがある。
正確な言葉は忘れてしまったので、こんなだったと思う。
盤面に勝てそうな手が幾つもあったとしても、実際に指すことができる手は一つしかない。
その手で勝つことができるかどうかが全てなのだ。
日本の液酸液水エンジンの開発も実用化までにはこぎつけた。
世界の他の国に比べれば、ずっと少ない予算で開発したのだから、それだけで大成功である。
液体酸素・ケロシンエンジンの開発については、今この時点で考慮すればいいだけの話だ。
打ち上げできているのだから、時間は十分ある。

松浦氏は日本の宇宙開発について取材している数少ないジャーナリストだ。
宇宙開発に情熱を持っている分、日本について厳しくなっていると思う。
けれども、外野で眺めている者としては、単純にJAXAを中心とした日本の宇宙開発技術者たちを応援していきたい。
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