異をとなえん |

国の財政の考え方

2009.07.29 Wed

21:26:55

国家財政について、国債を外国人が持っていることと自国人が持っていることの違いで、
あかさたなさんからコメントをいただいので考え方をまとめてみた。

引用開始

マスコミはなぜか国家財政を家計に例えたがるのでけど、むしろ企業に例えるべきなんですよ。

結局の所国債をして公共投資をするのは、企業の設備投資と一緒です。借金をして、工場を造って(減税や補助金やインフラ整備などをして)、それで売上(税収)を上げて、それでお金を返すわけです。

いまマスコミや財務省の人たちが言っていることは売上を伸ばすべき(景気をよくすべき)局面で、借金の額だけを見て「借金が多すぎる。設備投資を一切しないで、製品の価格を上げて借金だけを返せ」と言っているコンサルみたいなものだと思うのですよ。
引用終了

会計の本質は企業でも家計でも同じだと思う。
借金で支払う利息を、
その金で投資した結果の利益が上回っていれば問題はない。
家計は投資をあまりしないし、貯金の利子は借金の利子より低いから、
借金は返した方が得になる。
それに対して、企業は投資をして利益を上げるのが目的で、
普通の会社ならば借金の利子より多くを稼いでいるから、
借金の額はあまり問題ではない。

国の財政は少し違う。
基本的に国の仕事は投資活動ではない。
治安、法の運営執行など、全て必要だから実行している。
かかる金額も年ごとに大きく変わるわけではない。
だから、借金などせずに税金として毎年調達するのが望ましい。
国防も基本は同じだ。
戦争の脅威が少なければ、
毎年の金額はあまり変わらないのだから、税金でいい。
ただ、戦争が発生すると金額が急増する。
その場合、各年の平準化を計るために国債を発行してならすわけだ。
古典的な夜警国家観だと、ここまでが国の仕事だから、家計にものすごく近い。
借金はできるだけ早く返すほうが望ましいことになる。

とは言っても、
最近は国が社会保障やら経済の面倒まで見るのが普通になっている。
経済成長をできるだけ高めるのが望ましく、
公共事業もその一つの手段になった。
元々は国家にとっての必要性であり、住民の昔からの願いであったものが、
経済成長のための投資となるわけだ。
特に不況になると、金利は安くなり、
国家はその信用を使い一番低いレートで資金を調達できるので、
公共事業はより有利になる。
採算が取れなかった公共事業も実行できる。
そこで、公共事業をどんどん実行して、経済ががんがん成長させたい。
その場合、企業の会計のように、借金が増えても、
その分収入が増えれば問題はない。
けれども、なかなかそううまくいかない。
特に日本の場合、バブル崩壊以後、公共事業に膨大な投資をしたわけだが、
GNPはほとんど伸びていない。
公共事業によって需要ギャップを埋めたから、
GNPが減らなかったとも言えるが、
それでは成長への正の効果がほとんとないことになる。
だとしたら、それは投資ではなく、未来から借金をして、
単に現在消費しているだけに過ぎない。

国の財政を借金の額だけで見ていけないのは確かだ。
重要なのは、その借金に見合っただけの投資をしているかだ。
企業の会計だと、借金に見合った利益を生むだけの資産を持っているかだ。
借金に見合った利益を生むだけの資産を持っていなければ、
できるだけ今ある収入で借金を返した方がいいことになる。
もっとも、それでは返しきれないと言うのであれば、
更に借金をし、新たな投資先から儲けて返す、一か八かの勝負もある。
ただ、そういう場合は、損を出してきた経営者を更迭して、
新しい経営者の元で再建を目指すのだが。
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物を右から左へ動かすような仕事

2009.07.28 Tue

03:18:13

録画しておいた、NHKの「マネー資本主義」の最終回を見た。
その中で、マンガ家の西原理恵子氏が番組のまとめの際に、
物を右から左へ動かしているだけの人たちが、
大金を稼いでいるという批判をしていた。
逆ではないだろうか。
物を右から左に動かしているだけだから、大金を稼げるのではないだろうか。
物づくりはわかりやすく、正しい仕事だ。
自分が何らかの価値を生みだしたことがはっきりとわかる。
マンガ家の西原氏だったら、後世に自分の作品が残っていく。
それに対して、物を右から左は動かすような仕事は、ある意味何も残らない。
何も残らない仕事だからこそ、
その代償として、多額の収入が入るのではないだろうか。

人はできるだけ、自分の価値を後世に残したい。
だから、物づくりは人気がある。
それに対して、物を右から左へ動かすような仕事は、
どこに価値があるのか見出しにくい。
マルクス主義者から見ると労働者を搾取しているように見える。
ただ、それが必要な仕事であることは、旧ソ連の崩壊でも明らかだ。
大量に取れた穀物を欲しがる人々のいる所にまで、持っていけばいいのに、
その作業に対しては報酬が出ないので腐らしたなんて話をいやほど聞く。
だから、人気がないのに必要な仕事だから、高所得が得られる。

もっとも、これは少し筋違いだ。
バブルの時は金融業が就職先で人気であったように、
報酬さえ高ければ、人間はそちらになびく。
だから、人気がないから、高収入というのはおかしい。

金融業のような仕事が高額の報酬を得られるのは、
どういう価値を生み出しているかが、わかりにくいからではないだろうか。
物づくりはわかりやすい。
自分がどんな価値を生み出したかを、作っている人はだいたいわかる。
それに対して、金融業などはどこで価値を作っているかがわかりにくい。
物を右から左に動かす販売の仕事は、まだわかりやすい。
物が余っている所から、物が不足している所に、動かしていく、
足りない人には、うれしい話だ。
金融業はそれが非常に見にくくなっている。
単純に資金が不足している企業や人に金を貸すのは、わかる。
問題は、それが複雑に絡み合っている時だ。
ある意味、単なる賭博に見えてしまうが、常に儲けている人がいることは、
やはりその中で価値を見出しているのだろう。
そのわかりにくい価値を見出しているから、高収入が得られている。

「マネー資本主義」は納得しがたい部分が多かったが、
その中で今回思いついたことを書いてみた。
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量子ドット太陽電池

2009.07.27 Mon

01:37:18

量子ドット太陽電池という新しい太陽電池の話が、
2ちゃんねるで言及されているのを読んだ。
何のことかとググって見ると、発電効率の理論値が60%とかで、凄そうな話である。
最近日経新聞に載ったのが元ネタかと思ったが、結構いろいろ散らばっている。
時系列順に並べてみると興味深かったので、整理してリンクしてみた。

2007/07/09
発電効率の壁破れ 太陽電池「量子ドット」従来型の倍以上に(日本経済新聞)

引用開始

筑波大学の岡田至崇准教授は現在普及するシリコン半導体の太陽電池よりも、発電効率が二倍以上になる可能性を秘めた新型電池を試作した。
引用終了

発電効率 7%

2008/01/30
Science&Technology Trends January 2008 feature article 02
高効率を目指す太陽電池セルの研究開発動向

太陽電池全体の研究開発動向についての説明がされている。
太陽電池における、日本の研究レベルでの遅れが指摘されている。
筑波大学の岡田准教授の研究は変換効率8.54%となっているが、
発電効率とは意味が違うのだろうか?

2008/06/08
量子ドットの発見でカヴリ賞

量子ドットを発見したということで、
コロンビア大学のルイス・ブラス教授がカヴリ賞を受賞したという話。
一番量子ドットの説明がわかりやすいかな。

2008/09/22
理論効率60% 量子ドット型太陽光発電

量子ドット太陽電池の開発のために、
7年間の新規プロジェクトを
経産省が国立大学法人東京大学先端科学技術研究センターに立ち上げる。


2009/04/24
電通大、量子ドット半導体型太陽電池のエネ変換効率を向上

引用開始

 電気通信大学の豊田太郎教授、沈青助教は量子ドット半導体の太陽電池で、増感剤に複数のカドミウム化合物を使い、エネルギー変換効率を2・0%から3・8%に向上させた。
引用終了

新材料とかが意味のある研究なんだろうか。
エネルギー変換効率は低いのだが。

2009/07/20
次世代太陽電池、「量子ドット太陽電池」の可能性

引用開始

次世代太陽電池として研究が進められている「量子ドット太陽電池」、東大先端科学研究センター、東大ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構+シャープは、量産されているシリコン系を上回る発電効率16%以上の試作品開発に成功した。
引用終了

発電効率16%
2007年7月の頃が8%だとすると2倍向上している。

2009/07/20
量子ドット型太陽電池

上記の日経新聞の記事に対する感想。

2009/07/26
量子ドット太陽電池 石ころと砂粒の世界

量子ドット太陽電池の技術的説明。

全体的感想
量子ドット太陽電池の発明はアメリカだが、
実用化は日本が先行しているような印象を受ける。
iPS細胞の実用化で日本が遅れを取っているなどという記事をよく見るが、
量子ドット太陽電池の実用化では日本が優位なのかもしれない。
技術開発では抜きつ抜かれつが当然なのだから、
重点的に力を注ぐ分野を見極めて成果を出して欲しいものだ。

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国債を外国人が持っていることと自国人が持っていることの違い

2009.07.25 Sat

20:53:32

「世界第2位の経済大国」なんて意識はない
のコメントの中に国債の話がいろいろと出てくる。
その中に国債を外国人が持っていることと自国人が持っていることの違いがある。
私は本質的にはないと思う。
その考えを少しまとめて見た。

国債が外貨建てと自国通貨建てとでは、大きく違う。
アイスランドの破綻で見られれたように、
外貨建ての負債はその国自体では処理できない。
あまりにも巨額の負債を抱えてしまえば破綻する。

そうすると何が問題かと言うと、商売がしづらくなる。
昔だと、借金が返済できない場合、国土を持っていかれるとかいろいろあった。
現代だと、そんなにひどい事はない。
けれども、一度破産した国を簡単に信じる国はいない。
信用がおける国の金融機関には、一時的な融資は幾らでも行なえる。
普通の国の金融市場では、相互の金融機関がお互いを信頼しているからだ。
その市場に破綻した国の金融機関は入れなくなる。
これは大きな損失だ。
金融機関が動かなくなると、貿易自体ができなくなる問題も出てくる。

そこで破綻することを何とか避けようとすると、
金利の高い金に手をつけなければならない。
韓国のIMF危機の時の破綻が典型的だろう。
あれは国債ではなかったが、金融機関のドル建ての債務を支払えなくなって、
破産寸前になってしまった。
一応、IMFその他の援助で救済はされたが、韓国は丸裸になってしまった。

そのような弱味を見せなくてすむ点で、
国債を自国通貨建てで発行することには意味がある。
いざという時には、中央銀行に用立ててもらうことによって、
高利貸しからは守られるわけだ。

けれども、自国通貨建ての国債を外国人が買っているか、
自国民を買っているかで、大きな違いはあるだろうか。
インフレを起こさない条件であれば、
中央銀行から無限に金を持ってくる手段なんて使えない。
結局普通に借りた金は返すしかない。

国債がうまく使われたのであれば、問題はない。
1兆円国債を発行して、1兆円公共工事に使った。
それが生産性を向上させ、国民は1兆円以上の利益を手にしたならば、
どこかで税金は増えるはずだ。
法人税や所得税が増えるなら理想的だし、簡単に捕捉できない所でも、
どこかに利益があるならば、そこから取れる。

また、軍事費みたいな物は投資ではない。
この場合の借金は臨時に巨額だから、繰延べているだけだろう。

問題なのは、その公共投資が意味のない場合だ。
1兆円を完全に役に立たないことに使えば、後で増税するしかない。
国民からすると見返りのない税金となる。
そうなったら大変だ。

税金を徴収して借金を返す時に、支払う先が自国民であるか、
外国人であるかの違いは、自国民であったら税金をかける先が確実にあるから、
国債の不払いが絶対にないことぐらいだろう。
そんな所まで、困っているのでなければ、
国債の購入元が自国民であるか、外国人であるかの違いはない。
もちろん、借金を貸してくれる人がよく知っている人か、
見知らぬ人であるかは、繰延べ等で問題になる可能性はある。
しかし、大きな国ではあまり影響はない。
他に貸してくれる人がいるからだ。
アメリカ国債の場合、中国の残高がいろいろと問題になる。
でも、いざという時の肩代り先は幾らでもあるだろう。
重要なのは、借りた金をどう使っているかだ。
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FRBのMBS買取は正しいか?

2009.07.25 Sat

04:12:25

ああ書けない。
スランプだとしか言いようがない。
何も調べないで、思ったことを書いておこう。

今日アメリカの住宅価格が上昇したというニュースを見た。

5月の米住宅価格指数、0.9%上昇

引用開始

更新: 2009/07/25 02:30
5月の米住宅価格指数、0.9%上昇

 【ワシントン=米山雄介】米連邦住宅金融庁(FHFA)が22日発表した5月の全米住宅価格指数は、季節調整済みで前月比0.9%上昇した。前月水準を上回ったのは3カ月ぶり。今年1月と同水準の高い上昇率となった。前年同月比では5.6%の下落だが、住宅価格には下げ止まりの兆しが出ている。

 4月は当初発表の前月比0.1%下落から0.3%の下落に下方修正された。
引用終了

とりあえずは、いいニュースなのだが私は非常に疑問を持っている。
その理由は、需給による市場の原理ではなく、人為的な買い支えが原因に思えるからだ。
FRBは今年に入ってからモーゲージ証券を直接購入している。

FRB総資産、再び増加 米国債購入などで5週間ぶり

「17日現在の保有残高は、MBSが前週比285億ドル増の4560億ドル。」
ということは日本円にして、50兆円ぐらい。
去年はほとんどなかったはずだから、かなり増やしている。
金をばらまくことによって、デフレを止める政策を実行しているわけだ。

しかし、私が前から述べているように、アメリカの住宅価格の下落は、
ガソリン価格の上昇からくる、郊外化の否定によるかもしれない。
だとしたら、需要自体がなくなっていくので、
いかに買い支えようとも、価格は下がり続ける。
いや価格は下げ止まっていても、単に帳簿の上での話になってしまうわけだ。

私には、日本のバブル崩壊時に、不動産会社へ必死に追い貸しして、
土地の処分を遅らしていた銀行とFRBが同じに見えて仕方がない。
詳細は違っていても、本質は同じに思えるのだ。
日本の景気が底を打ったのは、
銀行が不良債権処理を行なって、土地を投げ打って処分し、底値をつけた時だった。
アメリカの場合も、底を打つのは住宅価格の下げが止まった時だろう。
ただ、それがFRBによる買い支えでは意味を持たない。
逆に底値をつけるのを邪魔しているだけだ。

そんなわけで、アメリカの先行きが心配になってしまう。
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「世界第2位の経済大国」なんて意識はない

2009.07.23 Thu

03:46:34

どうも気が乗らない。
でも少しでも書かないと、さぼり続けるだけなので、
何か書かなくてはいけない。
何を書こうかと悩むのだが、ネットで読んだ記事の文句でも書こう。

追い越されていく日本 さらば「世界2位の経済大国」

世界第2位から3位に落っこちる、中国に抜かれるというのは、
やはりショックなことだ。
中国の経済統計が本当に信頼できるものかという疑問はあるにしても、
そもそもこの20年日本がほとんど経済成長していない以上仕方がないと言える。
だけども、この記事は気にさわる。

引用開始

 「世界第2位の経済大国」が日本の代名詞として使われた期間は40年に及ぶ。そのちょうど半分が、幸福な夢に酔いしれた時代。後半は、宴のツケを払い続けた斜陽の時代だった。

 1968年の国民総生産(GNP)が51兆920億円(1419億ドル)に達したと経済企画庁(当時)が発表したのは、大阪万博を翌年に控えた 1969年6月10日のことだ。実質で前年比14.4%増という驚異的な成長率。翌日の朝刊各紙は1面で「昨年の国民総生産50兆円を超す 西独抜き西側 2位」と誇らしげに報じた。

引用終了

何が気にさわるのか、よくわかっていないのだが、
明らかに「世界第2位の経済大国」が40年使われたと言うのは間違いだろう。
日本がドイツを抜いて世界第3位の経済大国になったのが40年前ぐらいで、
その頃小学生だった私は、
そういう説明が載っている学習雑誌をよく見た気がする。
その時は、世界第3位か、または自由世界第2位というのが頭につくのが普通で、
「世界第2位の経済大国」などという言い方はしなかった。
米ソ対立の冷戦時代で、米ソが1、2位を占め、
両国は別格というイメージが強くあったからだろう。
その後、ソ連の成長が停滞したことによって、
統計上は1989年にソ連を抜いたらしい。
ただ、世界第2位の経済大国になった事は、あまり意識していなかったと思う。
「Japan as No.1」という称賛と円高による名目GNPの急増で、
むしろアメリカを抜こうという意識が強くなっていた。
バブルの頂点では、
日本の設備投資額がアメリカのそれを上回ったという記事を見て、
にやついた記憶がある。
もっとも、その設備投資はバブル崩壊によって、
ひたすら苦しいだけになるのだが。

このように昔を振り返ってみると、なにが気にさわったか理解できた。

「だが、経済のサイズを誇るのは、この辺で終わりにしたい。」、
この言葉が気に食わないのだ。
バブル崩壊後は目の前の景気の悪さに苦しみ続けて、
経済のサイズを誇ることなんか、なくなった。
とにかく、今の景気をなんとかしたい、その一心でやってきたと思う。
それなのに、経済のサイズを誇るのをやめろなどと、
今さらのように言われるのが、腹に立っている。
そんなの、とっくの昔にやめている。

つまり、経済のサイズを誇るのは終わりにしたいと言う言葉が、
すでに全力をふりしぼっているスポーツ選手に向かって、
がんばってと安易に声をかけるファンの言葉に見えてしまうのだ。

そして、次に続く言葉も好きではない。

引用開始

 大事なことは、初めて他国に追い越されていく立場になった日本経済にどんな輪郭を持たせ、どう経営していくか。そういう長期的なビジョンを描くことだ。ある人は「金融立国」を標榜し、ある人は「科学技術立国だ」「いや知財立国だ」と言う。

 また、ある人は「内需中心型経済への転換」を訴え、ある人は「真の貿易立国を目指せ」と強調する。無論、どれも正しいには違いない。ただ欲を言えば、日本が進むべき道を明確に指し示し、次代を担う若い人たちに勇気を与える新しい看板はほかにないものだろうか。

引用終了

個人や企業は戦略を立て、ビジョンを持つ必要がある。
しかし、国全体ではそのようなビジョンが役に立つとは思えない。
シンガポールのような小さい国ではなく、
一億を超える人口の国では経済は国民の自発的な努力で成長する。
教育や公共事業などで国のサポートはあっても、
それ以上のことは国にはできない。

つまり、世界第2位の経済大国から落ちたからなんとかしようという、
発想がいやなのだ。
経済は自律的に成長していこうとする力を常に持っている。
国・政府はそれを阻害する力をとり除くだけでいい。
ビジョンなどというくだらない物に関わらないで欲しい。
ここで言うビジョンは経済成長から逆算したようなビジョンで、
3%成長するためには金融国家になろうとか言う話だ。
温暖化ガスの排出量を減らそうとかいうビジョンは全然別の話で、
それはそれとして必要になる。
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グダグダ日記2009年7月の新書編

2009.07.20 Mon

01:16:26

今月の新書を立読みして、面白そうだった本。
記憶で書いているので、間違いについては勘弁を。

落語論 (講談社現代新書 2007)
堀井憲一郎氏の落語に関する本。
落語の国からのぞいてみれば (講談社現代新書)が、
落語を通して江戸時代の社会を理解しようとする作品であるのに対して、
落語自体が何であるかを語っている。
落語はライブの芸である、というのが結論で、だから生でなくてはいけない。
それを、一冊丸ごとかけて語っているような本に見えた。
私は場の空気が読めないので、生の魅力に全然反応しない人間だけど、
それでも落語を見てみたくなるような本だ。

本論とあまり関係ないけど、落語家は美空ひばりのような物で、
聴衆を気迫でのまなくてはいけないという部分に感心した。
私の文章もかくありたいと思う。

娯楽都市・江戸の誘惑 (PHP新書 610)
今流行りの江戸物。
浅草寺をかわきりに、芝居や寄席などの江戸に関係する役割について語っている。
ただ、経済自体についてはあまり語っていない。
芝居小屋の数などは参考になる。
全集 日本の歴史 別巻 日本文化の原型と同じような話という印象を持った。

2011年新聞・テレビ消滅 (文春新書 708)
佐々木俊尚氏のマスメディアに関する論評本。
題名の通りという感じ。
ただ、今まで述べてきた事の繰り返しという感じで新味は薄い気がする。
本当はそうでなくとも、なんか読んだことがあるような既視感を感じる。
毎日新聞がWaiwai騒動の時、
ロボットをはじくように設定していたという部分が私には新鮮だった。

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