異をとなえん |

ジンバブエでなぜインフレが起こったか?

2009.06.27 Sat

20:46:13

これは、「自国通貨建ての国債にデフォルトリスクはあるのだろうか?」
のNanashiさんへの一連のコメントへの回答です。
少し長くなったので、記事として独立させました。

> 返事が遅れました。

コメントいただけるだけで、うれしいです。
ありがとうございます。

> 私も少し言葉足らずでした。ジンバブエという名称はそもそも使ってはいけないんですよね。印象的にはインフレと言えばジンバブエかもしれませんが、そもそもインフレ問題に対する捉え方が現状の日本とジンバブエでは全く逆なんです。

Nanashiさんの一連のコメントを読んでみて、
意見の食い違いがどこらへんにあるかわかった気がします。
たぶんNanashiさんは財政政策積極派なのだと理解しました。
私はどちらかと言うと財政政策消極派です。
そこらへんの違いが、
ジンバブエを使ってはいけないという指摘になったのでしょう。
財政政策=公共事業の話は、いずれきちんと記事にしたいのですが、
なかなかうまくまとまらないです。
今回はジンバブエだけに話を絞ります。

> ジンバブエというのは別に国債を引き受けまくったわけでもなく、ムガベが自宅で通貨刷りまくったわけでもなく、国内が(まあさまざまな原因が重なり)供給不足に陥ったのがインフレの原因なわけです。で、日本は全くその逆で過剰も過剰な過剰供給状態なわけです。

ここから本論ですが、
ジンバブエが供給不足からインフレになっているという意見には同意できません。
どんなに供給不足になっても、
ああいう酷いインフレにはなりえるとは思いません。
1億倍とか1兆倍とかいったインフレは、
通貨の供給の増加があって始めて起こりえます。

ただ、私もジンバブエの実状を詳しく調べたわけではなく、
安易な例として使っているので、ちょっと反省したいです。
「ジンバブエというのは別に国債を引き受けまくったわけでもなく、
ムガベが自宅で通貨刷りまくったわけでもなく、」というのは、
確定的なのでしょうか。
少なくとも、高額紙幣の印刷をドイツに依頼しているとかいうニュースを、
読んだ覚えがありますので、
通貨を刷りまくっていることは確実に思えます。

通貨を発行しているのが、ムガベなのか中央銀行なのかは知りませんが、
要は政府=中央銀行が通貨量を増やしているわけです。
国内での物資の供給不足がインフレの発端でしょうが、
そこで通貨の発行を絞ればインフレを止めることができたでしょう。
そういう政策を取らなかったからインフレが発生しているわけです。

> そして日本が「供給不足」が原因でインフレになることは120%ありません。これが世の経済評論家がお題目のように唱える「デフレ経済」ですね。逆に、イギリスやアメリカの場合は供給不足によるインフレ懸念がジワジワ迫って来ているわけです。と言えばもうおわかりと思いますが、この件に関してはジンバブエという名称を使うことによって日本と英米の経済構造の違いが曖昧になってしまうのです。これでは今現在麻生政権がやっている経済対策の意味がわからなくなってしまう恐れがあります。

日本においても、公共事業の追加を続けていき、
需要が供給を上回ればインフレにはなると思います。
ジンバブエみたいなハイパーインフレにならないのは当然ですが。
しかし、アメリカやイギリスも「デフレ経済」に突入しつつあるので、
現在の財政赤字でもなかなかインフレにはならないでしょう。
アメリカやイギリスの経常赤字が、どういう風に働くかは、
読めない部分が多いですが、
それでもインフレの危険性が大きいとは思えません。
そういう意味では日本もアメリカもイギリスも同じだと思います。

現在の麻生政権の緊急経済対策には、それほど反対ではないですし、
現在の日本でジンバブエみたいなインフレは考えられないという意見には、
同意します。
けれども、政府の支出によって需要が供給を上回り、
その政府の支出を国債によって賄い、
それを無制限に中央銀行が引き受けていれば必ずインフレになるというのは、
どこの国も変わらないと思います。
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「ダブルラリアット」感想

2009.06.26 Fri

04:24:22

【巡音ルカ】ダブルラリアットに合わせてチャーハンつくるよ!【炒飯】

前にも聞いたことがあるけれど、今日改めて聞いてみていい歌だと思う。
ボーカロイド関連の曲の内、最速で100万ダウンロードというのもさもありなん。
違うバージョンやら、何やらで聞きふけってしまった。
特にこのネコのイラストと一緒だと、涙腺が刺激される。
歌詞とイラストが相乗効果を発揮して、
「回る」とか「手の届く距離」の解釈をしてみたくなる。
わかりやすい答えを喚起させる力が、凄いところなのだろう。
「孤独に侵食されたんだな。」とか言うセリフは山本周五郎だったろうか。
青べか物語 (新潮文庫)にあったような気がする。
年を取ると涙もろくなっていけない。
夢への望みをかきたてる歌にもかかわらず、
今日も安易に過ごしてしまったけれど、すぐに聞けるようにリンクしておこう。

ついでに、その歌の英語歌詞バージョン

ダブルラリアットの英語があったから歌ってみた - neko [With English Lyric]

「この手の届く距離」の部分の英訳を違えているのが、興味をひく。
英語歌詞バージョンの方が適切なんだろうけど、
想像力を刺激されるのは「この手の届く距離」としか言わない日本語の方だ。
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バブル崩壊後の長期停滞の仕組み

2009.06.24 Wed

03:32:22

前に日本のバブル崩壊後の停滞が長く続いた理由について、
記事にしたことがある。
未完成のままだが、その後もいろいろ考えている。
少し考えが変わった部分もあるので、また記事にしてみたい。

まず、日本のバブル崩壊後の長期停滞の原因が、
土地価格の下落にあることは間違いない。
しかし、土地価格の下落だけが特別なのではない。
何であろうとも資産価格の下落は経済を縮小させると思う。

たとえば、海外に持っている自国の債権が何らかの理由で消滅したとしよう。
すると海外からの利子分の収入がなくなってしまう。
つまり、その分だけ消費か投資が減ることになる。
海外からの利子が、GNPの10%を占めていたとすれば、
当然GNPは10%減少するはずだ。
これが元のGNPにまで戻るには、経済成長によって埋めなければならない。
それには長い年月がかかることになる。

地価の下落による資産の減少も同じ理屈だ。
ただ、地価の下落は最初は強弱見方が別れるので、
その地代もゆっくり減少していく。
だから、長期停滞を生みやすくなる。
つまり、需要もじりじり下がってゆくことになるので、
通常の成長と打ち消しあえば、0%成長に近くなる。
日本はその例だったと思う。

この時、問題なのは収入の減少による需要の減少の場合、
その影響が新しい需要に集中して影響を及ぼすことだ。
経済成長というものは、今までの生産の効率を高めて労働者の余剰を生み出し、
新商品の開発による需要でその余剰労働者を吸収して起こる。
しかし、収入の減少による需要の減少が起こった場合、
その時一番に不要とされるのは新しい商品、新しい産業だ。
つまり、労働者を吸収する部門が一番に成長できなくなる。
また、本当の意味で生産性が急速に上昇するのが新産業だから、
そこが成長しないのは通常の意味での成長率に悪影響を及ぼす。
一方、既存の産業も需要の減退によって、企業は苦しくなる。
その結果生産の効率を高める努力は加速され、労働者の雇用は減少してゆく。
当然のことながら、この二つの結果、
失業率は上昇し労働者の賃金は上がらなくなる。

長期停滞を止めるために、公共投資はこの場合役に立たない。
地代で500万の収入があった人が450万に減少した。
そこで50万借りることができたとしても、役に立たないのと同じことだ。
その人の収入が450万だということを認識して、それで生活していくしかない。

輸出にも頼ることはできない。
なぜ、輸出を伸ばすことで成長することができないのだろうか。
資産価格の下落が始まる前、輸出入は均衡しているはずである。
黒字赤字があったとしても、それを勘定に入れて均衡している。
資産価格の減少による不況が到来したとしても、
生産費用は変わらないので、商品の下げられる価格には限界がある。
輸出はあまり伸びないことになる。

さらに、国内の需要が減少する以上、輸入も減少する。
変動為替相場のもとでは、他国通貨の需要が減ることを意味するから、
自国通貨が上昇することになる。
具体的に言うと、日本の場合輸入が減少すれば、ドルの需要が減り、
結果ドル高に向かう。
さらに、日本の場合外国に持っている債権が多かった。
日本国内で資産が減少しているので、
必要な資金、借金の返済や赤字の補填などのために、
国外の債権を処分して国内に戻していった。
これも、円高に向かう要因となる。
実際バブル崩壊以後、
円は1990年1ドル144.79円から1995年94.06円と上昇を続けることになる。
自国通貨が上昇すれば、さらに輸出するのは苦しくなる。
経済は停滞を深めるしかない。

資産価格の下落が続いている間は、いつまでも成長の足を引っ張り続ける。
経済の本格的な回復には、資産価格の下落が停止し、
その時点での均衡が達成した後になる。

経済の回復は次のように起こる。
国民・企業は長期不況の苦い経験から消費・投資を急激に増やすことはない。
その結果、貯蓄が増えていく。
その貯蓄は消費も投資も増えてないので、海外に投資として流出するしかない。
海外通貨の需要が増え、自国通貨は安くなる。
当然、輸出は増大してゆく。
それに伴い設備投資が増え、労働者の雇用が増えていく。
労働者の雇用が増えれば、賃金が増え、消費が増えて、成長してゆく。

以上が現在私の考えている、長期停滞の仕組みだ。
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グダグダ日記立読み編

2009.06.23 Tue

03:10:49

どうも、疲れているのか、やる気が出ない。
書店でざっと流し見た本のメモだけ。
いい加減に見ているので、内容は保障せず。

『日本の「世界商品」力』(集英社新書) 嶌信彦著
クールジャパンの話から始めて、
現在の日本で世界に普及しつつあるいろいろな物を紹介している。
定番のアニメゲームから歌舞伎まで、いろいろだ。
一覧としての価値はあるだろうけど、
個々としてはそれほど新奇なものはなく物足りない。
「再成長のエンジン」という形で、今後の日本の成長に役立つとしている。
それは否定しないけれど、
経済でもって文化の話を語ろうとするのには違和感を感じる。

『天皇はなぜ生き残ったか』(新潮新書)本郷和人著
面白い。
中世においての天皇の意義を分析している。
後醍醐天皇が朝廷内部で孤立していた事実が、うならされる。
さらっと流し見ただけど、後で真面目に読みたい。

『読むだけですっきりわかる日本地理』(宝島SUGOI文庫) 後藤武士著
日本の地理の本。
ふらっと手に取って見たが面白かった。
中学生レベルの地理の本だろうけど、文章が悪くない。
最近の教育では、
日本全体の地理ではなく3地方だけ教えればいいらしいというのに、
ちょっとショックを受けた。
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言語カテゴリーの新設

2009.06.20 Sat

20:27:01

言語についての話を最近続けて書いたので、興味が増してきた。
記事もけっこうあるので、、カテゴリーとして言語を作り下記の記事を移動した。

世界で一番優れた数の表現を持った言語は日本語
「日本語がブログの使用言語で最も使われている」って、本当?
英文は読みづらい
中国語の数表現
英語を学ぶ日本人は欧米に精神的に屈伏しているか?
韓国の漢字理解
英語と日本語の文章の違い
韓国新政権の英語教育改革
「ハングルの歴史」感想
「敬語で解く日本の平等・不平等」感想
日本語は亡びるのか?
日本語は亡びるのか?(その2)
日本語は亡びるのか?(その3)
「ひらがな論者」に反論する
ケータイのガラパゴス化は日本語の特異性が原因?
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ケータイのガラパゴス化は日本語の特異性が原因?

2009.06.19 Fri

03:20:37

私は日本の特異性は次の3点だと思っている。
一、平和国家であること
一、異民族に征服されたことがない階級がない社会
一、表音文字と表意文字を組み合わせた文字表記体系

世界のほとんどの国が、多くの基準の組み合わせによってしか、
その国の独自性がないのに対して、
三つもの基準で独自であるという日本はやはり変わっている国だ。
たとえば、アメリカならば、英語圏、キリスト教文化圏、共和制などが、
その国の独自性だろう。
ただ、これだとカナダやオーストラリアと区別ができない。
実際、アメリカ人とカナダ人の区別は簡単にできないと思う。
アメリカは世界一の軍事大国とか、
世界最古の民主主義国家とかを入れて個性を出すのだろうが、
それらが具体的にどんな個性になるのか難しい。
また、本質的な違いを問うならば、
英語とスペイン語が違うというのはどういう意味を持つのかとか、
キリスト教とイスラム教の違いはどうかとか、問う必要があるけれど、
そこまでいくと分類も難しいし、たぶん何かはあるのだですませるしかない。

そうすると、三つもの本質的な違いを持つ日本というのは、個性だけはある。
本質から派生する日本語圏とか、神道とかも差異に加えたらきりがない。
ただ、この差異も私は少しずつ減少していくと考えている。
一番目の平和国家というのは、「世界は日本化へ向かう」で主張しているように、
他の国も段々そうなってくる。
二番目の階級がない社会というのも、建前では世界の他の国もそうなっているはずだし、
現実も少しずつ移行しているように見える。
そうすると、日本の特異性として、ずっと残ると思われるのが、
三番目の表音表意文字を併用した表記体系だ。

よほどのことが起こらない限り、これは変わらない。
実際あり得るとしたら、世界の他の国が日本を支配して強制的に変更させるくらいだ。

こんなことを考えたのは、下記のケータイの記事を読んだからだ。

フルタッチ携帯になじめない日本ユーザーの「ガラパゴス」現象


 しかし、日本ではユーザー側がフルタッチパネルの機器を敬遠する傾向が強く(iPhoneユーザーの一部を除く)、日本で製品を投入するからにはどうしてもテンキーも載せざるを得ない状況にある。

 日本ではメールの利用が多いだけに、「文字入力はテンキー」という使い方が求められる。世界がフルタッチパネル化の流れを加速していくなか、日本メーカーはテンキーを併用するユーザーインターフェースの呪縛から逃れられないのだ。ユーザーの利便性を考えれば、テンキーは必須ともいえる仕様になっている。

 昨今、日本の携帯業界は「ガラパゴス」と言われているが、技術やサービスの面ではガラパゴスではないだろう。むしろ、日本が世界をリードしている状況であり、確実に世界が日本を追いかけている。

 しかし、ユーザーの「使い方」においてはガラパゴスになってしまっているのかもしれない。10年以上もテンキーでメールを打ち続けてきたことで、日本人は「テンキーで文字を打つ」という独自の進化を遂げ、逆に世界のトレンドであるタッチパネルに適応できなくなってしまったのだ。

 メール文化によって生態系が世界とは異なってしまったのかもしれない。日本でフルタッチパネルのケータイが一般に広く受け入れられる日は来るのだろうか。


日本ではメール文化が特異だから、
フルタッチパネルのケータイを使わない結論になっている。
日本の「ケータイメール」好きは特異例!? アジアの若者たちの携帯電話利用傾向をグラフ化してみる
を見てみると、確かに日本はケータイメールを他の国に比べて使っている。
しかし、他の国もテキストメッセージは使っている。
そうすると、ケータイメールとテキストメッセージの違いはなんなのだろうか。
私はどちらも使ったことがないので、その差異が具体的には、わからないが、
メールもテキストメッセージも、テキストを送信しているだけと思えば、
本質に変わりはないはずだ。

しかし、フルタッチパネルを日本のユーザーが拒否していることや、
携帯電話で見る日韓文化考
で見るように、電話として使う方が海外では多いと思えば、
やはりテキストを送信する需要自体が日本では他の国より大きいのだと思う。
フルタッチパネルは、
少量ならともかく大量のテキストを打込もうとしたら全然向いてないように見える。

それでは、なぜ日本でメール文化が普及したのか。
それは、表音表意文字を併用した表記体系の読みやすさが、
日本に大量の字を読む文化を育んだからだ。
読みやすければ需要も増え、その結果供給も増える。
そういう循環が生まれているのだと思う。

表音文字の文章というのは、読みにくい。
私が英語ネイティブでないから、読みにくいのではないかと疑うけれども、
「欧米のブログが盛んに見えないのは不思議ではない」
で分析したように、英語圏の人々もあまり文章を読むのは好きでないように思う。

日本語の文章が読み易いとするのならば、それは競争の上では有利な条件だ。
電波かも知れないが、日本という国は日本語の優位性で、
今後も世界の中で優位を保つ、
つまり一人当りGNPで上位を占めることが可能ではないかと期待している。
そして、日本の携帯電話がメール伝達の手段としてのケータイに発展し、
世界の携帯電話が会話の手段としての携帯電話に留まり続けるのならば、
二つの商品は相容れようがない。
ガラパゴスとか言うより、
別の商品だと言っていいのではないだろうか。

おまけ
この記事を書くために、「日本 ケータイ メール文化」で検索して面白いと思った記事。
本文とは関係ないが、リンクだけしておく。

iPhone 3Gは本当の黒船!世界のケータイ文化を日本に連れてくる【世界のモバイル】
デジタルペンその2 〜日本の携帯電話〜
携帯電話の使われ方:世界と異質な文化 [ブログ時評70]
2005年02月05日(土) グローバルマーケットと日本マーケットの乖離 〜携帯電話編
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土地と通貨の類似性

2009.06.18 Thu

01:18:07

サッカーワールドカップ予選でオーストラリアに負けた。
つくづく日本は弱いな。
一点取った後、ケーヒルに二点取られて逆転という、
ワールドカップと同じパターンで負けるとは全然進歩がない。
なんか、がくっと来てしまった。

元気がないので、今回は前にメモしておいた文章を載せてみる。
寝かしておくと、閃きがあるかと思ったが何もない。
そこで公開だけはしておく。

「中国の消費性向はなぜ低いか?」を書いた時、
土地と通貨の類似性が気になった。
土地も通貨も永久になくならないことを前提にしている。
土地も通貨も持っているだけで、地代、金利が得られる。
他の商品でこんなものはない。
もちろん、消費しなければ、どんなものでも永久に価値を保てると言える。
けれども、その場合何の利益もない。

持っているだけで利益が得られ、なおかつ目減りしない。
こんな商品は土地と通貨だけじゃないだろうか。

その結果、何が言えるかと言うと、今のところ何もない。
意味がありそうな気はするのだけど、何も浮んでごない。
ただ、考える価値はありそうな気がする。

「土地 通貨 類似性」で検索した所、
シルビオ・ジゼルという思想家を見つけだ。
地域通貨を考えた人らしい。
その代表作の日本語訳があったのでリンクだけしておく。

〜代表作「自然的経済秩序」〜

最初のページをちらっと見たかぎりでは、社会主義系の思想家らしくて、
あまり参考にはならない気がする。
ただ、地域通貨という言葉はネットで見かける。
私の直感では地域通貨は役に立たない。
通貨は、いつでも、どこでも使えるのが、最大の利点で、
それに制約をかける通貨が役に立つとは思えないからだ。
ただ、あまり深く考えていないので、参考のために読もうかなと考えている。
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