異をとなえん |

サラリーマンの給与増加(なぜ内需は回復しないのか?-その3)

2008.09.19 Fri

20:15:08

サラリーマンの給与増加という記事があった。

えっ?本当 サラリーマンの給与が10年ぶりに増加 国税庁統計


えっ?本当 サラリーマンの給与が10年ぶりに増加 国税庁統計
2008.9.19 17:50

 民間企業のサラリーマンらが平成19年に受け取った平均給与は437万2000円で前年より2万3000円(0・5%)増え、10年ぶりに増加したことが19日、国税庁のまとめで分かった。

 平均給与は、9年の467万3000円をピークに9年連続で減少していた。19年上期は経常利益が過去最高を更新するなどしており、効果が数字上に表れた形だが、同年下期は燃料・原料高で「増収減益」に転じており、給与増が続くのは難しそう。増加したとはいえ、16年の水準を依然下回っており、アップの実感は乏しそうだ。

 昨年1年間の給与所得者は4543万人で前年より58万人増加。給与総額も198兆5896億円と前年より1・8%増えた。

 増加の内訳は、給料・手当が0・2%増にとどまったが、賞与は2・2%増え、増加分は業績のよかった企業のボーナス増分だったとみられる。

(略)


業績のよかった企業のボーナスが増加分に反映したが、
今後は業績が悪化しそうなので給与増は難しいと論じている。
私はこの予測には反対だ。

前に述べたように、本質的に賃金の増加は労働市場の需給によって決まる。
業績は重大だが、すぐ労働市場に反映するわけではない。
業績が悪化してから、新規雇用を停止する段階、現在の労働者を解雇し始める段階など、
業績や将来展望の悪化に応じた各段階に至るまでには相当な期間がかかる。

今回の業績悪化は原材料高による影響が大きい。
しかし、原材料の価格は既に値下がりを開始しているのだから、
特に雇用に影響を及ぼすものではないと思われる。
むしろ、諸外国の成長の鈍化による輸出の停滞減少の方が影響が大きそうだ。

両方の要因により、ある程度、雇用の需要が減少したとしても、
労働市場を急激に変動させるほど大きいものではない。
そうすると、給与の増加が発生したと言うのは、過剰労働力がほぼなくなった事であり、
それは続いていく。
つまり、給与の増加は続いていくのではないだろうか。

給与の増加が業績連動型のボーナスによって起こるならば、
業績が悪くなって給与が減るのは当然と思う人もいるだろう。
しかし、今まで業績が良くなっても、
給与の増加はそれには結びついていなかった。
それと同じで、業績が悪くなっても需給が好転しているならば、
給与は増加する。

今回の給与の増加を過剰労働力がなくなる兆候として、
挙げておきたい。
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「モンゴル帝国と長いその後」感想

2008.09.19 Fri

02:01:07

杉山正明著「興亡の世界史09 モンゴル帝国と長いその後」を読む。

目次は以下の通り。

序章 なんのために歴史はあるのか
その後のモンゴルの長い影
あらたなる人類史の時代へ

第一章 滔滔たるユーラシア国家の伝統
古くて新しいアジア、ヨーロッパ、ユーラシア
ユーラシア世界史の内なるダイナミズム

第二章 モンゴルは世界と世界史をどう見たか
人類史上最初の世界史ー『集史』
驚異の知られざる世界史像
二重写しになった世界史と世界像
地図が語る新しい時代への扉

第三章 大モンゴルとジャーハン・グシャー
チンギス・カンという歴史物語
史上最大の帝国となった理由

第四章 モンゴルとロシア
西北ユーラシア大侵攻
ジョチ・ウルスとルーシの愛憎

第五章 モンゴルと中東
未完の中東作戦
フレグ・ウルスはイスラーム王朝か

第六章 地中海・ヨーロッパ、そしてむすばれる東西
聖王ルイの夢
サウマー使節団のヨーロッパ外交

第七章 「婿どの」たちのユーラシア
時空をこえるチンギス・カン家の血の神聖、そしてその記憶
世界史における十六・十七世紀のもつ意味

終章 アフガニスタンからの眺望
地上最後に出現した遊牧帝国
歴史から現在へ

杉山節全開といった本である。
モンゴル帝国の歴史を、事実に即して話すというよりも、
根本に何があったかを語っている。
杉山氏の作品は、かなり読んでいるが、
一番理念の部分が色濃く出ているように見える。
杉山氏の歴史観は基本的に好きなのだが、
今回疑問を感じてしまった。

杉山氏の歴史観はモンゴル帝国を画期として世界が統合され、
始めて世界史が生まれたと言うものだ。
今までなんとなく納得してきたが、
真面目に考えるといろいろ難しい。

モンゴル帝国の時代を研究する事は、
それ以前のほとんどの地域の歴史を視野に入れて、
その違いを研究しなければならない。
そして以後の歴史にどういう違いが出てくるかを。
資料も漢語とペルシア語ができなければならず、
ユーラシア大陸全土に渡った探求が必要ということになる。
まさに世界全てを視野に入れた研究が必要だ。
こういう広い視野に立った研究者には、
今までの小さい地域のみに拘った研究が物足りないのはよくわかる。

しかし、だからと言ってこれが世界史だと言えるだろうか。

モンゴルの歴史書「集史」を始めての世界史として高く評価するが、
ヘロドトス「歴史」や司馬遷「史記」にしても、
当時認識していた世界を全て描いた歴史書、世界史ではないだろうか。
現在から見て大きな抜けがあるので世界史と呼べないならば、
「集史」も日本史やイギリス史が抜けているので、
世界史と呼べない気がする。

イギリスがほとんど出てこない世界史は、世界史ではない。
産業革命こそが人類の歴史の本線である。
産業革命によって、単なる帝国が起こり、滅んだといった歴史が、
変化し発展的な歴史観が生まれた。
イギリスがシーパワーを代表し、
モンゴルがランドパワーを代表したならば、
シーパワーのみで歴史を書くのはモンゴル軽視かもしれない。
しかし、ランドパワーの歴史はたくさんの国があった。
たくさんの国が栄え滅んだ。
それだけの歴史では、ないだろうか。

最後の章でアフガニスタンの話が出てくる。
アフガニスタンの現在を知るためには、
アフガニスタンがユーラシア大陸全ての歴史の遺産であり、
それを理解しなければならないとする。
しかし、私は日本はアフガニスタンに関わるべきでないと思う。
アメリカも関わるべきでなかった。
アメリカは民主主義の守護者として、
アフガニスタンに民主主義を植えつけようとしているが、
成功するかどうかは疑わしい。
理解する事が関わる事と同義であるならば、理解しない方がいい。

最後に本全体として、新事実、新概念への論証が抜けているように思う。
たとえば、P280に「管領」は用語・概念ともに、
モンゴル時代の大陸からの直輸入と書いてあるが本当だろうか。
始めて聞いた説なので、もう少し説明が欲しかった。
直輸入と言ってもモンゴル語から直接という意味ではなくて、
中国語からだろうから使っている用例を示すとか、
どの人物を指したかがあっていい。
他に管領の日本での始まりはいつなのか。
そこらへんの説明が一切なくて、判断に困る。

他にも、日本と中国の交流では元の時が一番盛んだと言っているが、
何の論証もない。
他で書いてあるのかも知れないが、少し不親切だ。
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