異をとなえん |

アイデンティティなんかいらない

2008.07.17 Thu

17:59:06

日本が行方不明、サミット議長国の姿が見えず――フィナンシャル・タイムズ

上記の記事でアイデンティティの話が出てくる。
日本の自己主張が見えないとし、自己主張をするためには、
「まず自らがどういう国なのか、アイデンティティについて決断する必要がある。」
と書いてある。

どうも、外国人は日本にはアイデンティティがないという批判をしたがる癖がある。
マイケル・ジーレンジガー著「ひきこもりの国」でも、
日本には国家のアイデンティティがないという批判がある。
小林雅一著「知日家が見た日本論」(p7)では、
外国人から見ると日本は自己像を見失っているらしい。
つまり、国家としてのアイデンティティがないことになる。

私には、国家としてのアイデンティティがないと、何が悪いのかわからない。

一番最初の記事に戻ると、日本がアイデンティティについて決断する必要があるのは、
次の選択肢から自己の国家がどうなるか選ばねばならないかららしい。
アジアの一員たる国、環太平洋地域の一員たる国、中国封じ込めに動く国、
欧米とアジアの架け橋になる国。
全部という答では、なぜいけないのだろう。
どれも矛盾しているとは思えない。

国家にとって最も重要なのは、戦争になった時の安全保障だ。
どの国と戦争をし、どの国と同盟を結んでいくか。
それを事前に決定しておかなければ、戦争の時分裂してしまう。
その原理原則を決定しておくことが、国家としてのアイデンティティになる。
上の話では中国と戦争になった場合、どちらにつくかというのが、
選択の根本にあるように見える。
しかし、
「ヒロシマ以前、ヒロシマ以後」
で述べたように、国家の意義は低下しつつある。
戦争が起こらなければ、どちらを選択するかなど無意味だ。

国家中心に現在の世界が構築されているため、
国家がないと個々の人間を管理する手段がなくなってしまう。
パスポートも作れなかったら、治安管理が難しくなるという話だ。
その他にも、細々とした部分で国家は役に立っている。
だから、国家という枠は必要だが、
アイデンティティと言うほどのものは必要ない。

明治維新の時は、欧米の侵略から自分たちの生活を守るという目標があった。
戦後は、欧米にはるかに劣る生活水準を追いつきたいという目標があった。
これらの目標をほぼ達成して、現在日本国全体としての統一的目標は見失われている。
一億三千万人近い人間がいるのだ、その多くの人間が共通の目標を持つ方がおかしくはないか。

外国から信用されないという批判は出てくるだろう。
しかし、国家の意義が低下していくならば、
日本のあり方が正しいのは世界もわかってくる。
日本にはアイデンティティなどいらないのだ。
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「日本の存在感が低下している」のは問題か?

2008.07.17 Thu

02:11:30

カトラー:katolerのマーケティング言論: サミットの終わりの始まりと、行方不明?の日本

上記の記事では、日本が世界において、
経済・政治の存在感を低下させている事を嘆いている。
私には、それが問題かと思う。

日本が世界において本当に存在感があったのは、
第二次世界大戦の時と1990年のバブルの頂点の時ぐらいだろう。
しかし、あんな風に存在感があるのをうれしく思う人はいない。
各国から袋叩きにされるだけだ。

シンガポールの一人当りGDPが日本を上回ったのは、ちょっと驚いた。
シンガポールの政治指導者の能力の高さを示している。
あの体制を日本が真似したいとは思わないけど、素直に感心する。

中国のGDPが日本を上回ったら、やはりショックだろう。
けれども、それはほとんど必然だ。
来たるべきものが来るに過ぎない。
日本の人口が減少しつつある以上、
GDPの伸びが中国やアメリカに及ばないことは仕方がない。

だから、経済において日本の存在感が低下し続ける事は必然だ。
しかし、経済は存在感のためにあるのではない。
個々の人間の生活水準が向上していくならば問題はないはずだ。

1990年代みたいにマイナス成長とか、
成長してても他の国と比べて滅茶苦茶低いのでは、
生活水準は向上していかない。
基本的には、一人当たり実質GDP成長率が、
他の国に比べてそれなりの結果を出していたい。

そういう考えで、実績を見ると、
2002年ごろからの一人当たりの成長率は他の国に比べて負けていない。
これで十分だろう。

米流時評 : GDPに見る日本とグローバル経済の神話と現実参照

結果が高いのは、日本の人口の労働者比率が高いだけで、
それほど自慢できることではないかもしれない。
しかし、他の国に比べて劣っていないならば、問題ないはずだ。

国際政治における日本の存在感の低下など、噴飯物でしかない。
戦後、国際政治において、日本の存在感があった事など一度たりともない。
存在感のない国が、どうやって低下させると言うのだ。
常に存在感がないのは、日本の政治の宿命だ。
サミットにおいて、その国で出席しているのは何人か数えてみた。
フランス4人、ドイツ4人、イギリス6人、アメリカ6人、カナダ7人、
イタリア13人、日本17人(大平首相死去の時の大来外相を含める)だ。
主要国首脳会議 - Wikipedia参照
これで存在感など出るわけがない。
在任期間が、他の国並の中曽根首相と小泉首相は、
まあ存在感があったのは頷ける。

国際政治における存在感を高めるために、
たとえ人気がない総理大臣でも、留任させるのは本末転倒だ。
来年のサミットで、日本の存在感を高めるために、
選挙では福田首相のいる自民党に入れましょうとか言ったら、
何の冗談かと思う。
もっとも、自民党に入れたからと言って、
福田首相が続投するとは限らないのが日本らしい。

日本の政治が総理大臣に長期在任を許さないのは、
個人に権力が集中するのを嫌う人々の心理の表れだ。
首相が、世界でええかっこしいするのを、
喜ぶ人間などいるのだろうか。

結局、日本の存在感が低下するのは、ほぼ確実なのだから、
一人当りの成長率がまあまあなら、それで我慢するしかない。
それ以上を望んで国民に負担をかけるのは問題だ。
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