異をとなえん |

世界で一番優れた数の表現を持った言語は日本語

2007.03.26 Mon

23:33:53

世界で一番優れた数の表現を持った言語は日本語である。本の一節を引用してみよう。


数のかぞえ方がそれである。
千二百九十七
これは、他の文明語に比し、もっとも簡潔かつ合理的ないい方である。英語では、
one thousand two hundred and ninety seven
であり、andという実は不必要な附加物を入れる。フランス語はもっと面倒くさく、
mille deux cent quatre-vingt-dix-sept
である。いや、もっと簡単な例をあげよう。
十一、十二、十三、十四、
これは、十一、十二、十三、十四をいうのに、もっとも簡潔なそうして合理的ないい方と、やはり思われる。少くとも英語のeleven, twelve, thirteen, fourteen、フランス語のonze, douze, treize, quatorze、ドイツ語のelf, zwolf, dreizehn, vierzehn、よりも、そうである。

ドイツ語のzwolfのoは原文ではウムラウトが付いている。

このように、欧米系の言語は完全な十進法に基いていないために、非常にわかりずらい。フランス語などは十進法と二十進法が混在していて石原慎太郎が「フランス語は数を勘定できない言葉だから、国際語として失格している」と言いたくなる気持ちは日本人としてよくわかる。このように、日本語は世界で一番優れた数の表現を持っているのである。

ここまで読んでくると次のような突っこみが、きっとあるだろう。えっ、それって中国語からパクっただけじゃないのかって。その通りである。私が引用した本も吉川幸次郎先生の「漢文の話」だったりする。

元々の日本語の数の表現はひとつ、ふたつ、から始まって、10がとお、11がとおあまりひとつ、20がはたち、21がはたちあまりひとつ、とかで、はっきり言ってこんなんじゃなくて良かったと心から思う。中国語から数の表現を借用して大正解である。

でも、中国語から借用して世界一と言うのは同一一位であっても恥ずかしいと思う人が多いだろう。ところが、中国語の数の表現は一つ欠陥を抱えているのである。

中国語には億の次の数の単位がない。だから、一兆と言いたい場合は一万億とか言い、一京と言いたい場合は一億億とか言うのである。一垓は言えないみたいである。でも、この単位も中国語由来ではないのかと思う人も居る事だろう。そうなのだが、なんとメートル法のmega(10の6乗)を訳す時に兆を当ててしまい、これが定着してしまったのだ。中国語では億が10の8乗、兆が10の6乗で、億が兆より大きいのである。なんというか言葉もない。ここらへんの詳細については今回の話のほとんどネタ元である無量大数の彼方へ を参考にして欲しい。

結局、大きな数の表現で中国語は日本語より劣っているので、数全体の表現については日本語は中国語より優っている。

しかし、中国語と欧米語より優っていても他に優れた言語があるのではないかと思う人もいるだろう。そこで、今回の話のもう一つのネタ元である世界の言語の数体系を見て欲しい。実際の所今回の話は、高杉親知氏のウェブサイトの内容に日本語一番というのを付けただけなのである。

そこを見ると、各言語の複雑度順位が示されていて簡単なもの程下の方に表示されている。基本的に簡単であればあるほど、優れていると言っていいように思う。そこで日本語より簡単なものは広東語、エスペラント語、トンガ語である。広東語は中国語と大きな数の表現は一致しているだろうから、日本語の方が優れている。トンガ語は簡易になりすぎていて、本当に使える表現なのか疑問である。説明を見るかぎりでは、数というより数字の列として表現しているのだが、一億を現わすのに100000000(いちぜろぜろ…)とか言うのだろうか。よくわからないけど、優れてはいないような気がする。エスペラント語は、余り使われていない言語だからと除外する。本当はよくわからないのだが、このぐらいは許して欲しい。

結論、日本語は世界で一番優れた数の表現を持った言語である。
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