異をとなえん |

増田悦佐氏の二冊の本の感想

2013.03.14 Thu

21:57:07

増田悦佐氏の本が二冊出ていた。

・「デフレ救国論 ~本当は怖ろしいアベノミクスの正体~」


・「お江戸日本は世界最高のワンダーランド」


「デフレ救国論 ~本当は怖ろしいアベノミクスの正体~」は若干うさんくさい。
基本的にはデフレに問題ないことを主張する本で、今までの理屈と変わりない。
うさんくさく感じるのは説明があらっぽいことだ。
ぱっと読んだ限りで目についたのは、日本が2007年から2011年で高度成長したという部分だった。
それは円高だったからだろ、という突っ込みしか出てこない。
つまり、日本はバブル崩壊以後も実質ではそれなりに成長していたのだが、名目では完全に停滞し、かつ1990年代後半からは円安に相場が振れたので、世界経済においては非常に小さくなってしまっていた。
金融危機以後、為替相場が円高に振れたので今までの成長が急に表面化した。
だから急激に成長したように見えるだけの話だ。
ただ説明では円高になったからだという理屈が全然出てこない。
それは少しいんちきぽいのではと感じた。

「お江戸日本は世界最高のワンダーランド」は江戸時代の日本の話だ。
デフレ経済で、かつ、物質的に成長できない社会では、人々に余暇の時間が増えていく。
その余暇の時間をなんとか楽しく過ごせるように努力することが、経済を成長させる元となる。
江戸時代はその典型例だと理解している。
本には、そのように理解できる実例がたくさんあって参考になる。
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韓国はなぜウォン安政策を発動しないのだろうか?

2013.03.08 Fri

21:51:15

韓国がウォン安円高で悲鳴をあげている。
日本の製品との競合が激しい韓国では、輸出企業が価格競争力を失い、利益が大幅に減少しようとしている。
赤字も十分にありそうだ。

不思議なのは、韓国がウォン安政策を発動しないことだ。
通貨安競争は批判されているけれども、実行している国は多い。
中国とスイスは為替相場に直接的に介入しているが黙認されている。
他の国は批判するけれども、止められない。
だから、韓国も直接為替相場に介入すればウォン安、あるいはドルウォンレートを固定できるはずだ。
それをしないのはなぜだろう。

通貨安競争では小さい国は大きい国より圧倒的に強い。
通貨の発行権を持つ国同士では、互いに相手の通貨を買うことができる。
韓国の中央銀行がウォンでドルを買い向かうならば、無限のウォン発行権を持っている以上、ウォン安ドル高に行くしかない。
それを為替相場で阻止するには、アメリカの中央銀行がドルを無限に発行してウォンを買うしかない。
当たり前だけど、これを延々と続けるならば無限にドルとウォンが発行されていくことになる。
これはアメリカにとって大損になる。
たとえば、ウォンとドルを両国が買い合い、持ち持ちにすることでウォンの通貨量が倍になったとしよう。
そうすると基本的にはインフレによって、ウォンの価値は半分になる。
ドルはウォンより流通量がはるかに大きいので、ある程度影響は受けるだろうが、無視できるとしても大丈夫だろう。
結果韓国は投入したウォンの倍の価値ある分ドルを保持し、アメリカは投入したドルの価値が半分になっている。
ここでウォンドルレートを維持すれば、直接利益は現れないといっても、物を購入すれば幾らでも現実化できる。
基本的にはウォンを無限に刷って、それを幾らでも物やサービスに変えられるのだから、得以外ありえない。
当然のことながら、こんなことはありえない。
アメリカは通貨安競争のためにウォンを買うことなどしない。
だから、通貨安競争では小さな国は大きな国に必ず勝てることになる。

韓国はウォンドル相場をウォン安方向で操作しようとすればできるはずだ。
実際李大統領の前政権では、直接的にではないが、ウォン安になるように操作していたと思われる。
現在の経済が苦しいならば、ウォン高を止めることをなぜしないのか。

今ウォン高になっているのは、アメリカが量的緩和政策を続け金利が極端に安くなっているからだ。
実質金利がアメリカより高い国に投資をするならば、利益をあげることができる。
これは成長率が低い国つまり実質金利が低い国から、成長率が高い国つまり実質金利が高い国に、資金が流れることであり、結果為替相場は成長率が高い国の通貨高に向かっていく。
当然その国は輸出が減り、輸入が増え、景気は押し下げられていく。
逆に実質金利が低かった国では、輸出が増え、輸入が減り、景気は良くなる。
二つの国の資金の移動に何らかの制約がなければ、理屈から言うと二つの国の成長率と金利は一致する方向に動いていく。
これは結局、アメリカの景気が悪いので世界の新興国の成長を取り込もうとしていることだ。

それでは、景気が悪くなることを阻止するために、韓国がウォンドルレートに介入した場合どうなるだろうか。
時間が足りなくなってしまった。
この続きは次回に。
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高度知的人材は開発途上国には生まれない

2013.01.21 Mon

21:59:56

「第三次グローバリゼーション」を読んだのだが、うなってしまう。

高度教育のグローバリゼーションが進むことで、高度知的人材のグローバル調達が盛んになり、先進国の頭脳的労働者も世界の全ての有能な労働者と競争しなくてはいけないという話だ。
大惨事グローバリゼーションになるというのがちきりんさんの予想だが、その話は根本的におかしい。
才能というのは、数だけでなく環境も大事だからだ。

世界の人口は先進国以外の人間が多いのに、ノーベル賞は先進国の人間しかほとんど取れない。
開発途上国では教育システムが完備していないからというのは、一面の理屈でしかない。
彼らがそもそも興味を持っていないという可能性を忘れている。

親が本を読まない家庭では本が嫌いな子供が多く、逆に親が常に読書をしている家庭は自然に本好きな子供が育つと言われている。
高度な教育を受けたいと思うには、そもそも高いレベルの勉強が好きになっていなくてはいけない。
世界のいろいろなことに知的好奇心を持ち、その理由を探りたいと考えるためには、回りの人たちがそれをサポートする必要がある。
一部の例外を除けば、回りの人たちが熱意を持っていることで、自分もそうなりたいと考えて、勉強を始めるのだ。
ネットにつながる環境があり、無料でそれを見られるからといって、人々は簡単に勉強するようにはならない。

もちろん、大多数はそうであっても、一部のほんの少数は貧困から脱出するために勉強するかもしれない。
でもそれはもの凄く困難な道だ。
まず、能力だけで認められる仕事は限られている。
スポーツ選手は典型的な能力だけで認められる仕事で、開発途上国から先進国に人材が流出している。
サッカーはボール一つで始められるから、多くの開発途上国で子供たちが熱心にやっている。
でも高度知的人材はどうだろう。
頭だけでできる仕事は、実際にはほとんど他の人間とコミュニケーションをしなくてはいけない。
数学みたいにほとんど紙と鉛筆だけでできる仕事もある。
でも、数学の能力だけで、世界のどこにでも就職できる人は限られている。
ほとんどの人はまず数学の能力の可能性を上の人に理解してもらうことで就職するのだ。
その上で成果を出し、世界に知られることになる。
開発途上国で数学者を目指すには、上の人に認めてもらうことがないままで結果を出さなければならない。
そんな人間はほんの少数だろう。
そして能力があったとしても、普通の人間はもう少し可能性のある方向に転進する。

頭が良くて、高度な教育をインターネットで受けた人材は何をするか。
一番確実なのは、インターフェイスとなることだ。
明治維新以後の日本で盛んに生まれた人材だ。
欧米諸国の学問を勉強して、日本でそれを翻訳していく。
あるいは欧米の学問を日本に適用していく。
先進国の企業にやとわれて、その意向を自国の国民に伝えることだ。
開発途上国の人材が先進国の人材と直接の競争相手にならないのはそれが理由だ。

新規のことに勝負するのはリスクが高い。
失敗しても挑戦する人がいなければ新しい成果は生まれない。
だから、なかなか日本の科学者は今までノーベル賞が取れなかった。
先進国で高度知的人材が育つのは、それだけのゆとりと回りがそれを必要としているからだ。
回りで挑戦する環境をつくり、失敗を許容しなければ高度知的人材は生まれない。
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日銀は刷ったお金を自分のものにできない

2013.01.19 Sat

21:58:06

「1兆円の硬貨を発行するくらいなら、お札を1兆円発行して国庫納付金として国へ納入すればいいんではないでしょうか。」というセリフを読んで少し絶句してしまう。

「日銀と紙幣増刷と国庫納付金」という記事の最後の文なのだが、間違っていることをどう説明すればいいのか。
うまく説明しようとすると、空回りしそうだ。
実際、私も管理通貨制度の概念を理解したのは社会人になってからだった。
それでも、わかるように何とか説明してみたい。

第一に理解しなくていけないのは、日銀はお金を刷ったとしても、それは使えないということだ。
正確には貸すことだけはできるけど、消費することはできない。
これは金に兌換できなくなった紙幣を使う場合の絶対的原則といっていい。

理由は刷った金で消費することは、国民から金を盗むことと同義だからだ。
無から有は生まれない。
紙幣を刷るだけで幾らでももうかるならば、日銀の職員は働かなくていい。
贅沢三昧ができる。
もちろんこんなことはおかしい。

1000兆円が流通している所で、1000兆円新たに紙幣を刷って、それを勝手に使うことができるならば、円の価値は半分になる。
実際にはこんなインチキがまかりとおるならば、円の信頼は完全になくなって無価値に一直線だろう。
だから国民が気づいていない場合としてだ。
正確にどのくらい円の価値が減少するかは難しい判断となる。
でも間違いなく一人一人の持つ円の価値が減少することで、国民から金が盗まれていることになる。

でも膨大に金を使うのではなくて、ほんのちょっぴりごまかすだけだったらわからないのではと思う人もいるかもしれない。
確かにそうだけど、それは見つからなかったら盗んでもいいという考え方と同じだ。
お金の多寡が問題というより、盗まないことを絶対原則にすべきだ。
だから、紙幣を刷ったとしても、それは日銀のものにならないのだ。

管理通貨制度では日銀ができることは金を貸すことだけだ。
利息がついて返ってくる分だけ、日銀の利益となる。
だから、日銀の役割は無利子で金を借りられる銀行のようなものだ。
その奥にはお金の神様がいる。
日銀が金を貸すときはその神様から金を借りてくる。
そして、金が返ってくると、利息以外の分は直ちに神様が金を持っていってしまう。
利息分が日銀の儲けになるが、この儲けのほとんどは神様のおかげだ。
それで儲けのほとんどは国庫納付金として、国に納めることとなる。

引用開始

日本銀行は紙幣を発行してもそのままでは市場に出回ることは無いといわれています。だから市場から国債などを購入したりする必要があるのだというように説明されています。

でも、日銀にある余ったお金は国庫納付金として国へ納付されます。
引用終了

上で述べたように、日銀は元本自体には手をつけられない。
だから余ったお金などない。

1兆円の硬貨発行というような発想もほとんど同じだ。
本質的にはインフレによって国民から金を盗もうとしているだけだ。

現在国債は幾らでも低金利で発行できる。
本当にお金が必要ならば国債を発行すればいい。
それなのに、1兆円硬貨のような奇策が出てくるのは、なんとか国民から金を盗もうとしているのに気づかれたくないからだ。
国債を発行すれば、いつかは税金として負担がのしかかってくる。
だから国民はムダな金を使わないように予算を気にかける。
それが魔法みたいに、「国債の発行をしないで国庫にお金が増える」と国民に錯覚してもらえば、好き勝手に使うことができる。
そんなわけがない。
無料のランチなど、この世にはないのだ。
少しアレンジしたけど、出典はロバート・ハインラインの「月は無慈悲な夜の女王」から。

私にとって思想的に最も影響を与えた本だ。
紹介したくて引用してしまった。
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得をする人がいなければインフレにはならない

2012.12.20 Thu

21:46:11

紙幣を刷るだけではインフレにならない理由をいろいろと考えている。
理由は何度か書いている気がするのだが、得をする人がいなくてはならないことについては書いていない気がするので、書いてみた。

インフレを起こすには、需要が供給を上回らなくてはいけない。
供給能力は短期では減少しない。
そうすると、インフレを起こすには需要が増加しなければいけないのだが、需要が増えるためには消費者が得をする必要がある。
正当な方法は技術革新によって、財サービスのお得感が増すことで、需要が増えるだ。
けれども現在の日本経済は技術革新がうまくいっていないから、あるいは速度が遅すぎることで、お得感があまり増していない。
だから需要が増えない。
そこで何か他の方法で需要を増やせないかと考えることになる。

需要を増やすために、紙幣を刷るというのは無理な話だ。
紙幣を刷ればインフレになるというのは、一見本当らしいのだがどう見ても嘘だろう。
紙幣を刷るだけでインフレにならないのは、得をする人がいないからだ。
偽札作りを考えてみよう。
本物と完全に同じ紙幣が製作できて、捕まらないのが保証されていれば絶対にインフレになる。
偽札作りたちは幾らでも贅沢できるのだから、無制限に金を使い続け、需要はうなぎのぼりになる。
だから絶対にインフレが起こる。
でも、このインフレはうれしいだろうか。
自分たちの財産が目減りする中で、偽札作りたちが贅沢三昧をする。
許せんと思うのが普通だろう。
許せんうんぬんよりも、偽札作りたちの消費が需要のギャップを超え、供給の成長分を上回れば、生活水準はどんどん低下していく。
偽札作りたちが捕まらなければ、経済は破滅するしかない。
だからこそ偽札作りは重罪なのだ。
つまり紙幣をするだけでは、誰も得をしてはいけないルールが存在しているのだ。
だから、需要は増えないし、インフレにもならない。

単に紙幣を刷るだけでインフレが起きないのは、得をする人がいないからだが、逆に言うと誰も得をしないのにインフレが起こるのはおかしい。
リフレ政策で得をする人がいるとしたら、借金して投資をする人だ。
もちろんリスクを取って勝負すれば、儲けるのも当然だ。
しかし絶対にインフレになるのが保証されていれば、その儲けはおかしいだろう。

政府が予算を限りなく拡大し、中央銀行が国債を無制限に買うならば、インフレにはなる。
けれどもそれは政府の予算で得をする人たちがいるからだ。
得をしない人たちには全然うれしくない。

結局得をする人がいなければインフレを起こすことはできないという話になる。
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最適通貨圏の意味がわからない

2012.02.08 Wed

20:46:58

ギリシャが相変わらず、デフォルトするとかユーロ離脱するとかでごたごたしている。
前に書いた通り、私にはギリシャがデフォルトしたらユーロ離脱する、という理屈がわからない。
ギリシャがデフォルトしても、ユーロを離脱しない。
それで何がまずいのだろう。

つまり最適通貨圏の話がよくわからないのだな。
通貨を統一した国々は財政を統合する必要があるという話だ。
なぜそんなことをする必要があるというのだろう。

大昔というか、それほど昔でもなく、通貨の本質が金とか銀とかいう物である時代があった。
紙幣はかなり早くから発行されたが、多くの場合、金などと兌換できる建前だった。
そういう時代は政府が巨大な赤字を作ってしまえば、返せなくなる。
政府のデフォルトなど珍しくない時代だった。
今のユーロ圏はそういう状況なだけではないだろうか。
それがまずいという話なのだろうか。

たとえば、通貨を自由に発行できないと大恐慌の再来がくる、という話はある。
銀行の流動性危機に対して、通貨が自由に発行できなければ、預金の引き下ろしに対応できないわけだ。
でも、こういう事態はユーロ圏で起きているか。
銀行の流動性危機に対してはECBが資金を供給している。
つまり、銀行は突発的には潰れない。
ECBが無制限に資金を供給しても、銀行は債務超過などになっていれば破綻する。
その場合は銀行を清算すればいい。

だとすると、財政が統一していないで起こる問題は国が破産するだけだ。
これの何が問題なのだろう。
そもそもは破産しそうな国に対して、山ほど国債を購入していた人間が一番悪い。
そんな人間には罰を与えられて、しかるべきだ。

もちろん、政府や中央銀行が独自の通貨発行権を持っているならば、デフォルトすることはない。
でも、これは本当にうれしいことなのか。
政府がこしらえた借金を返せなくなって、紙幣を刷るというのは、その通貨の保持者から金を盗んでいるのと同じだ。
そんなことをしていれば、誰もそんな通貨を使わなくなってしまう。
通貨の信用がなくなるというのは、他の何よりも経済の成長に悪影響を及ぼす。
自分の立っている土台が揺らいでいては、未来に自信を持てなくなってくる。
実際にハイパーインフレを起こしているような国はたいてい経済は成長していない。
ブラジルなどのような高インフレ国の経済はずっと不振だった。
経済は高インフレが治まって正常な状態になって成長するようになった。

ギリシャはユーロ圏に参入することによって、ユーロという固い土台の上に経済の基盤を置くことができた。
これは経済の成長にとって極めていい条件のはずだ。
残念なことに、金融機関はギリシャに安い利率で山ほど金を貸してしまった。
貸し出しさえしなければ、ギリシャ政府は緊縮財政を取らざるを得ず、自然と健全な経済になっていったはずだ。
金がなければ年金の大盤振る舞いはできなかっただろうし、年金が安ければ国民は長く働かざるを得ず、賃金も安いままで輸出産業に優位だったはずだ。
残念ながら、そうはならなかった。

けれどもいまからでもやり直しはできる。
為替レート引下げなどという手段を使えないから、賃金は簡単には下がらない。
資産をユーロ建てで持っているので、この金を使えば失業状態でもかなりの期間持つ。
けれども、時間がたてば失業状態のままでは暮せない。
いずれ働きに出て、前より安い賃金で働くことになるだろう。
これは健全な経済の復調ではないか。
結局通貨が統一していて、財政が統合されていないと困るという状況がよくわからない。

そんなわけで、私には最適通貨圏の意味が理解できないでいる。
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山形氏によるケインズの一般理論の翻訳

2011.09.26 Mon

21:35:03

山形浩生氏がケインズの「一般理論」を翻訳してくれた。

ケインズ「一般理論」山形浩生訳 全訳完成 - 山形浩生 の「経済のトリセツ」

最初をぱらっと見たが全然わからん。
まだ、下の方がましだと思う。

IS-LMの発端:ヒックス「ケインズ氏と『古典派』たち」

よくわからないので、ちょっと検索してみたところ、山形氏はクルーグマンの一般理論の解説も翻訳していた。
そっちもリンクしておく。

ジョン・メイナード・ケインズ『雇用、利子、お金の一般理論』解説

経済学に文句をつけるなど、素人経済評論家には無理と絶望的な気持ちにさせられるが、ただ現実を考えるとそうでもない。
経済学の現実の経済の予想は全然あっていない。
なにかがおかしいと考えるしかない。
そういう気持ちで挑戦していく。
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